odd_hatchの読書ノート

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ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 上」(草思社文庫)

 科学史を少し読むと、近代の科学技術は西洋でたまたまうまれたものという説明がよく出てくる。14-15世紀の天文学の革命から科学は始まったのだが、革命の前提にはアラビアの知識や道具の伝来などがあり、なるほどあの時期のあの時代に誕生したのは偶然であるとみえる。でも、そこからなぜ科学は当時の先進文明であるアラビアや中国で誕生しなかったのかとまで問うことはない。
 ことは科学にかぎらず、政治や経済や文芸などの場でも同じ。西洋由来のシステムや技術や知識はほかの地域にあまねく広まったのだが、なぜ逆ではなかったのかと問うことはめったにない。むしろ西洋由来のシステムや技術や知識を学ぶほどに、暗黙のうちに西洋優位を疑わないようになる。そうすると、西洋以外の文明や国家や民族を見るときに、西欧以外の国は遅れていて、西洋のシステムや技術や知識を以下に学ぶか(学べないか)という見方になってしまう。20世紀になって西洋優位の見方が批判されて相対化するようになっているが、かならずしも上記の「なぜ西洋か」に応えているわけではない。むしろそのような問いが発せられることはまれだ。

 著者はニューギニアの政治家から「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものと言えるものがほとんどない。それはなぜだろうか」と問われる。その問いに答える時に、型通りの西洋優位や偶然などでは答えられないことに気付く。なるほどこの500年の歴史では、ヨーロッパがそれ以外の土地を征服したり植民地にしたりした例が多々あるのだが、非ヨーロッパが非ヨーロッパの地域を征服したり植民地にしたりしてきた。西洋、ヨーロッパ優位はこの500年の間ではそのように言えるのかもしれないが、西暦1300年ころであればなぜモンゴルの遊牧民は世界征服できたのかの問いになるし、西暦0年ころであればなぜ世界はローマと中国の二つの帝国で二分されていて肥沃三日月地帯(トルコ、シリア、イランあたり)やエジプトの帝国は滅亡したのかの問いになるだろう。かつての大帝国が分断され滅亡し、別の新たな人々が新しいシステムや技術や知識を発達し、周辺地域を変化させてゆく。それらも説明できるような「理論」を構想しないと、ニューギニアの政治家の問いには答えられない。
 そこで著者が利用するのは、1970年以降の科学的な知見。中尾佐助などが日本の稲の原産地を東南アジアで発見したという研究は1950年代からあった。あるいは、アメリカ先住民が約2万年前にベーリング海峡(当時地続き)を渡って移住したというのも知られていた。そのような考古学や生物学の知見を集めて、人間の13000年の歴史をみることにする。700万年前にヒトの祖先種が生まれ、いくつかの系譜ののちに現在のヒトの先祖に当たる種がライバルとの競争に勝ち、すべての大陸(ユーラシア、アフリカ、南北アメリカ、オーストラリア)にまんべんなく分布するようになり、おしなべて狩猟採集の小規模血縁集団で暮らしていた。13000年前にはほとんど差異のなかったヒトが現在に至るまでの間に、どのように変わったのか、どのような違いを集団ごとに示していったかを見ることになる。そのときに歴史は個別の記述になるのではなく、いくつかのステップないしマイルストーンを踏んでいくという形式で見ることになる。一般史のようなものを仮構して、そこからのずれとか差異を見るようなやり方。
 そのような歴史の形式化はヒックス「経済史の理論」がある。そこではヨーロッパの経済史を抽象化、形式化することによって資本主義成立までの段階をいくつかのステップないしマイルストーンを経るように描いた。それと同じような記述を著者は13000年のヒトの歴史として描く。注目するのは、ニューギニアの政治家の問いにあるように、ある集団や人々がほかの地方を圧倒したり、征服したりできた原因。タイトルの「銃・病原菌・鉄」がその原因とされるのだが、もちろん過去すべての圧倒や征服の原因とするわけではない。この500年に起きたヨーロッパが他の地域を圧倒した理由の象徴として3つがあげられる。銃は権力やシステムであり、病原菌は環境や生態であり、鉄は技術の謂いである。

  


2016/03/18 ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 上」(草思社文庫)-2
2016/03/21 ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 上」(草思社文庫)-3
2016/03/22 ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 下」(草思社文庫)-1
2016/03/23 ジャレド・ダイヤモンド「鉄・病原菌・銃 下」(草思社文庫)-2 に続く。