odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ドリス・レッシング「生存者の回想」(サンリオSF文庫)

 「それ」が起きて世界は破滅に向かっている。イギリス郊外に一人アパートに住む老女「私」は、国や自治体が仕事を放棄し、人々は食料のある田舎に疎開しているのを見守っている。彼女は意思をもってそうしているのではなく、たんに生活や習慣を変えるエネルギーを持っていないのだ。町の共同体機能が失われ、一人一人が個に解体していても、それを眺めている。なにしろ「それ」がなんなのか、だれも知らない。ただ世界の終末が訪れた。世界の無化は、まだ「わたし」に訪れていないのであれば、それは「わたし」には無関係なことらしい。
 ただ、奇妙な見知らぬ男が12歳の少女を「あなたが守るのです」と言って、置いていったことから、「私」は少し世界にコミットする。「私」は少女とヒューゴウのために、食料の調達などで町屋田舎に出かけなければならない。少女をアパートに部屋に迎え、二人の共同生活が始まる。黄色い犬とも猫ともつかないヒューゴウというペットをかたわらにし、年齢にしては落ち着いている少女。彼女は、「私」と異なり、社会や世界に積極的にかかわろうとする。町には親に据えられたり捨て子になった少年少女たちがグループ生活をしている。彼らと交易し、彼らの仲間に入り、次第にリーダーシップをとるようになっていく。それは、少女の体の変化にも現れて、子供のような細身の姿だったのが、しっかりした腰をもち、ふくよかになりそうな胸を誇示する。同年代の少女とリーダーの少年を取り合ったり、自分より若い子供の世話をするにつれて、精神的に大人の女になっていく。
 最初「私」は少女の世話をする親の役をしていたのが、少女の大人化につれて役割が逆転し、少女の決定に従う従者のようになっていく。そういう役割の逆転もまた、老女は従容と受け入れていく。この変化の理由はわからない。小説の記述のほとんどは、「私」がどのように少女を見るかということに費やされる。「わたし」の関心は、自己の内面と少女との関係だけにしかない。

 世界への関心のなさは、「私」が廃墟になったアパートの部屋をつれづれと眺めることに象徴される。空いた部屋には、過去の備品や食料が保管されているのもあれば、整理整頓されてすぐに住めるものもあれば、破壊され汚されたものもあって、都市の過去や未来を思い起こさせるものになっている。部屋を眺めながら、「私」はぼんやりと世界の向うを幻視することがある。ただ、それは終末に向かう現実によって幻滅させられるのであるが。
 というのも、「それ」の進行は早く、残された資源は枯渇しつつあり、人々は都市から逃げ、残された子供は野獣化していく。子供らの王国を建設しようと、少女とリーダーは奮闘する。彼らは、リーダーシップのない共同生活を模索するが、野獣化する子供らはそれに従わないし、10歳未満の子供らは敵対的になり、収奪の対象としか彼らを見ない。リーダーと少女のプロジェクトは挫折し、ますます人口の減少する都市(だったところ)で、彼らは孤立していく。
 ここらへんの作者の心情、古い規律や規範のある世界への郷愁、その一方の現実の若者への嫌悪と偏見には辟易した。1974年の発表だから、イギリス病という経済停滞と社会の不安定があり、IRA極左ゲリラらの武装闘争があり、それらが反映されているのだろう。書かれた時代の状況をわきに置くとしても、作者が世界に苛立ちと反感をもち、しかし虚無的に眺める傍観者であるのはたしかだろう。同じような世界の破滅や無化を見つめる小説には、トーマス・マン「ベニスに死す」アンナ・カヴァン「氷」などがあった(バラードの初期長編も同じ主題があったと思うが、未読)。これらの小説の主人公は世界の破滅を自分の死とほぼ同一視して、戦闘することなく、諦念と受容のうちに世界の破滅を迎える。ここらのニヒリズムをどのようにみよう。共通するのは、中年から老年の主人公が若者に美を感じたり、羨望したりして、希望を見出そうということかしら(それはたいてい挫折するのだが)。
 最後には、「私」のほか少女とリーダー、ヒューゴウだけが取り残される。そのとき、まばゆい光とともに「あのお方」が現れ、少女にそっくりの「あのお方」は壁を開く。その壁は「わたし」が廃墟化するアパートの部屋を訪ねるときに幻視した世界の向うに行く壁だ。それが開かれたとき、小説は終わる。
 でも、読者はこの世界に残る。とりあえず世界の終末は訪れてはいないが、くそったれでいいかげんな世界に取り巻かれている。そこにいて向うにに行けない読者は、勝手にその向こうにいってしまった4人をどう思えばよいのだろう。そういう救済があるという啓示は作者には有効だけど、少なくとも自分には無効だなあ。
 奇妙な小説。