odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

開高健「風に訊け」(集英社文庫) マチズモやセクシズムやミソジニーが散見する人生の達人の若者よろず相談。

 週刊プレイボーイは1966年の創刊以来、自分のみたところ、都会の男子高校生と田舎から出てきた男性大学生をターゲットにして、「大人」にするための指南書として機能してきた。ときに政治を話題にすることがあっても(2015年夏の安保法制でなんどか特集を組んでいた)、ほとんどは性とファッションとスポーツ。時に時代のはやりもの(サーフィンだったり、高級自動車であったり)を取り上げる。食と酒もあったが、あくまでデートのためのもの。
 そういう雑誌で、50歳前後の、作家のおじさんで、人生の達人が若者のよろず相談をやったと思いなせえ。1980年ころから数年の連載で、1984年に単行本化された。(週刊プレイボーイになったのは、たぶん「オーパ」の旅行で縁ができたのではないかと邪推。)

 当時の若者の相談内容は、性と自分探しの旅行と知らない「もの」への蘊蓄あたり。みごとに政治とお金の話が出てこない。なるほど、このころ不況といっても3カ月も職探しをすればどこかの企業に就職できたし、学生がアルバイトをして学費と生活費を稼ぐことはできたし、親の年収が400-600万円でもこどもに仕送りができるくらいの余裕があった。なので、切実な貧困や将来の不安を持たない。そこで、質問することは漠然とした未来のことになる。死や自殺の話題でも抽象的で要領を得ない不安をあげるだけになる。そういう時代のもの。21世紀的な質問ではない(その点、 東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(角川文庫)の質問は、この時代を想起させるのにはふさわしいものではなかった)。
 それにこたえる50代の作者。ことに性の話題の回答に、マチズモやセクシズムやミソジニーが散見されるのがなんとも心が痛い。なるほど、このよろず相談はかつては村の独身男性が集団生活をするとき先輩が新人に教えるような内容。戦後でも地元で暮らす独身の先輩が学校出立ての新人を率いて、酒を教えたり、初体験を指南したりしていた。そういうときに、昭和以前の男たちは、マチズモやセクシズムやミソジニーを持っていた。その澱みたいなのがこの作家には残っている。なので、この回答はときにいただけない。それに質問する側も、男ばかりだからインターコースのことばかり。結婚のことでも自分の利益のことだけ考えている。
 ここらへんがなんとも鼻について、ページを素っ飛ばしながら読んだ。
 それでも発見は少しはあった。
・プロレスについて(とうじ新日本プロレスが大人気)。

「誰が最強かなんて、誰にもわからないんじゃないのかい。だって、そうでしょ、―――プロレスはフィクションであって、内々の打ち合わせがあるんじゃないの。だから私には面白いんでね、ナアナアだ、ペテンだ、八百長だといって退ける純潔派も多いけど、この人たちの人生観というのは単純なものなんだろうなって思うな。虚の中に実があり、実の中に虚がある。こういう要素を見てない。また、見ようとしない。プロレスは虚のかたまりであるが、その中に一片の真実がひらめくことがある。日ごろから、よほどの鍛練と訓練と、超人的な努力を重ねてなければ達成できないような技を見せる瞬間があるんだ。そこを見ればいいんでね。それと、後のでたらめとの兼ね合わせの問題なんじゃないのか。大人の見る芸術ですよ(略)、真剣勝負ならば。だけど、彼らが真剣勝負をするなんてこと、いったい考えられるかい……?(P70)」

 このころ村松友視「私、プロレスの味方です」が出て、プロレスの「文学的」な解釈が幅を利かせていたのだが(この影響は2000年ころまで残っていたなあ)、作家のような力道山以来のファン(なのだって!)の冷静な視点があったのには気付かなかった。
・日本の文学者で文体をもったのは、中島敦梶井基次郎井伏鱒二。戦後文学者は除外。(この作家は万巻の書を読んだが、文学理論を語ったことはなかったのではないか。小説を書く方法を何度も書いているが、印象ばかりで理論はなかったはず。たぶん影響を受けてしまうからと、遠ざけていたのだろう。もったいない。)
・原稿について。

「私はもう二十六年間、ものを書いて暮らしているけれども、原稿を書き直したことはない。一回書いたらそれっきりである。それから、ほとんど誤字、脱字、訂正もない。書きこみもない。(P209)」

 ほお、このやり方を貫く人はめずらしい。自分の知っている例では、埴谷雄高大江健三郎は書き直しを何度もするし、筒井康隆は下書きを書いて清書するスタイルだし。書き直しをしないので、作家は原稿を書きだすまで、あるいは途中で詰まった時に呻吟する。この人の遅筆で寡作だったのはそのせいか。
(もっとたくさん書いた方がよかったのじゃないのと、後付けで思う。)

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