odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「フォークロスコープ日本」(集英社文庫) 過去現在未来を一覧する日本民話絵図。じっくり一行一行につきあう読書をしましょう。

 フォークロスコープは作者の造語で,、フォークロアとスコープをくっつけ、過去現在未来を一覧する日本民話絵図といったつもりだそうな。短編は別々の雑誌に、時期を変えて収録されたが、初出年は作者の記憶で書いた解説に基づくので不正確(昭和37-8年とあったら1962にしたような具合)。

おかしな民話へのスコープ 最初の5編は修行中の鼻の垂れた天狗、通称鼻たれに大天狗が命じる無理難題。師匠はいいきなものよと愚痴も垂れながら、鼻たれは大団扇で風を起こして飛んでいく。艶笑の味付けもある小話風。
鼻たれ天狗 1973 ・・・ 修行中の偉くない天狗「鼻たれ」に無理難題がやってくる。今回は、雪女とからかさ小僧に真のちぎりをむすべという。あいにくからかさには一物がない。そこで…。
かけざら河童 1973 ・・・ 今度は村の神様になった河童の依頼。村の若旦那と惚れた相手のそれぞれの願いを聞いてやれ。若旦那の思い人と惚れた相手の思い人は異なり、あちらを立てればこちらが立たず。どうやってジレンマを解く?
妖怪ひとあな 1973 ・・・ 妖気あふれる洞穴の怪物を退治せよといい下る。表には出るなといわれたが、なるほど人穴にいたのは師匠の大天狗。どうやって退治する? 「パタリロ」にも出てきた大トリック。
うま女房 1973 ・・・ 沼に入水しようとする娘。悩みを聞くと、かわいがった馬の思いを遂げてあげればどうになるでしょうという。そこでうまを2時間だけ、惚れた男の姿に変える秘法を使うことにした。
恋入道1982 ・・・ 見越入道が惚れたのは村の娘。思いを遂げたが体の大きさが違いすぎる。鼻たれが悩んだ末の、たったひとつの冴えたやりかた
一寸法師はどこへ行った 1965? ・・・ なかなか寝付かない娘に一寸法師の話をしていると、娘は論理的な質問をして父親を困らせる。でも作家である父はその理屈をさらに発展させて、そして締め切りが迫っていることを思い出して…。
絵本カチカチ山後篇 ・・・ カチカチ山で狸の死んだのはウサギと爺さんの陰謀ではないかという読み直し。
猿かに合戦 1978 ・・・ 猿飛佐助と可児才蔵の子孫が民話にこだわりながら起こす抗争劇。裏をかいたつもりが裏をかかれていて…
浦島 1979 ・・・ 玉手箱を開けた浦島はおじいさんになってしまいました。さて、嘆いている浦島を漁師が見つけ浜の長者の屋敷に連れていきました。そこで…。
奇怪な心の中へのスコープ
変身 1962 ・・・ 房総半島の山の中で死にかけた男をひろう。落ち着くと、鏡に映る自分の姿に「殺してやる」と興奮する。詳しく話を聞くと、どうやら死んだ男の体に脳髄を移植したらしい。この男を自分の計画に使おうと考えるのだが…。SFと犯罪小説の融合。F・ブラウンにありそうな物語。
頭の戦争 1975 ・・・ 玩具会社の副社長が制作担当と売れない大人のおもちゃ(性玩具じゃないよ)をつくり比べている。ひとりはびっくり箱、もうひとりはからくり箱のみのしばりで。副社長の負け続きで、最後の知恵比べをすることになった。センセーのことだから、登場するおもちゃんは全部収集していたのだろうなあ。
コミカルな間奏曲--カジノ・コワイアル  ・・・ ご存じジェイムズ・ピンチのスパイ譚を一席。滑稽講談のスタイルで。
危険な未来へのスコープ
宇宙大密室 1975 ・・・ 流刑星にはひとりしか住人がいない。面会するには、武器を即座にチェックできるゲートを通らなければならない。そのような星で流刑者が殺された。現場を調査した探偵にも謎が解けない。しばらくして、その探偵もテレビ会談中に殺されてしまった。動機に注目、ということだが、自分は書き方が「退職刑事」と同じことに目がいった。
凶行前六十年 1962 ・・・ 60年後にある人物が殺されたのだが、犯人が過去に逃げたといって、ロボット刑事が現れた。なんだか映画「ターミネーター」みたいだが、発表年に注意。犯人探しに協力するところが、だんだんずれていって。
イメージ冷凍業 1962 ・・・ 自殺するのに多額の税金を納めないといけないし、48時間以内であれば組成できるという時代。自殺志望の作家が悩んでいたところに、イメージを冷凍化して販売しないかと持ち掛けられた。ところが…。ビジネスの話かと思ったら、最後にどんでん返しが。なるほど、なるほど。それはたったひとつの冴えたやり方だ。
忘れられた夜 1970 ・・・ 世界最終戦争で破滅したある町。人工的な生活音を聞いていないと死んでしまうという人々には奇形と不妊が蔓延。死滅する世界の中で、希望は「アメリカ」。テツとノブの脱出の物語。チャペック「ロボット」のひっくり返し。苦労して書いたそうだ。でも戦後生まれの作家はこの種のアフターアルマゲドンの物語は苦も無く書けるだろう。
わからないaとわからないb 1962 ・・・ 自分が生まれる前に父親を殺したらどうなるかという問題に取りつかれた男。意と子の発明したタイムマシーンに乗って、空襲時代の東京に向かう。ちょっと語彙が固くて、普段のセンセーとは違います。


 センセーの仕事の初期から中期までを鳥瞰できる短編集。ミステリーしたてからSFまで多彩な作風とジャンルを楽しめる。ちょっと意匠が古いのはご愛嬌。それに、「危険な未来のスコープ」では解説にあるフレドリック・ブラウンレイ・ブラッドベリアイザック・アシモフ、ハーラン・エリスんの影響を受けていると書いているが、それ以外に星新一をモデルにしているみたい。当時は作家の影響が消化しきれずに元の意匠がすぐにわかってしまうのはご愛嬌、か。

「子供のころから弱虫で、涙もろかったから、感動の重さを押しつけてくるような小説は、嫌いだった。軽くていいから、うまい小説が書きたかった。……いまや技巧は作品を軽くするものではなくなっている。娯楽小説はストーリイだけを読み流す時代、そうした読み方しか出来ない小説が多くなっているときに、じっくり一行一行おつきあいいただくのは恐縮だが、よろしくお願いします。(作者自身による解説)」

 ここは重要で、自分もストーリーを一行一行を大切にするじっくりとした小説をよみたい。なので、センセーの小説はとても貴重。