odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「ミステリイ指南」(講談社文庫)

 本多勝一「日本語の作文技術」(朝日新聞社)や木下是雄「理科系の作文技術」(中公新書)で、文章の書き方や論理構成を勉強したとする。そのあと、小説を書きたいと思ったときに、どうやって小説を書くかを知りたいと思う(いきなり始めると、たいてい途中で挫折するのだ)。そのときにサルトル大江健三郎(別に谷崎潤一郎でも三島由紀夫でも丸谷才一でも井上ひさしでもいいけど)の方法論を読むと難解で、実践にはなかなか使えない(あれは読み方の勉強用と思ったほうがよい)。エンターテインメント小説の書き手もいろいろハウツー本を書いている(筒井康隆とかスティーヴン・キングとかクーンツとか)が、ここでは自分が敬愛する都筑道夫センセーのものを読もう。

 まずなぜ書くかの問いには「小説を書きたい人間が、同時に、人を楽しませる目的を持って、それによって報酬を得ようとして書くものである」「私が面白がる話を面白がってくれる読者のために書く」とプラグマティックな、ないし資本主義の市場で小説という商品を販売する立場で答える。これも見識。社会参加とか大衆の啓蒙とか、文学の効用や社会の役割をわきに置いておくのは誤っているわけではない。それらを文学をつくる理由に組み込もうとすると、混乱と混沌が生じて、収拾がつかなくなるからねえ。
 そして小説を書くための準備として、たくさん読むのはもちろんとして、原稿用紙のルールを学べ、他の人の短編を筆写しろ、声を出して読め、などを薦める。実作を模倣することで、ルールを学び、人の呼吸とか癖を観察しなさいということだ。(ちなみに他人の小説を筆写するのは梶井基次郎も薦めていた。 伊藤整「若い詩人の肖像」(新潮文庫)参照。
 このあと怪奇小説、ミステリー、SFの書き方を指導する。口述を書き起こしたもので、いつものセンセーの文章と違うところがあるが、わかりやすい。内容は読めばわかる。作家の工夫のたくさんあるうち、読者にもためになりそうなところをピックアップ。
・原稿用紙の枚数(20,40,50,100,200,500など)で書き方は異なる。50-60枚くらいの時は10枚で一場面とする(センセーの短編はたいてい5-6個の章に分かれていて、動と静、アクションと説明が交互にでてくるのが確認できる)。長編だと30枚で一場面。
・描写と説明は異なる。ときどき短い文章で描写をして対象を知らない人に読んでもらって、ちゃんと伝わっているか確認する修行をしたとのこと。あと古い「もの」は細部の名称が分からないので難儀するので、ときに造語することもあるとか。古い言葉を「若者」が知らないので、SFや伝奇小説はストーリはつくれても、ディテールの描写が難しい。
・ディテールをしっかり描くことが説得力や臨場感になるので、とくに怪奇小説では重要。平明な言葉(紋切型ではない)で状況を書くことが大事。
怪奇小説では起承転結をはっきりと。起が重要で、結は常識的でかまわない。
・ミステリーではストーリーよりもスタイル、トリックよりもレトリックが大事。トリックからキャラクターをつつくると不自然になる(論理的・合理的な行動をキャラがとらなくなる)ので、キャラクターを先に作り自然にとる行動を考えてあとからトリックを追加するのがよい。事件の関係者が主人公で、探偵は彼らをつなぐ糸の役目(木彫りの鴨と作家はいう)。シリーズキャラクターは2冊分くらいまで(飽きるのと扱えない事件が出てくるから。なるほど泡姫やものぐさ太郎やビリイ・アレグロ雪崩連太郎鍬形修二アンドリュー星野久米五郎妄想名探偵鶴亀コンビ鼻たれ天狗新・顎十郎などがそうだ)。
・短編は事件が主で人は従、長編は事件に加えて人も書きこまないといけない(なので、作家ははやめに長編を書いたほうがよい)。
 いやあ、参考と勉強になるなあ(まあ、小説を書こうとは思ないけど)。前回読んだのは20年近く前だけど、どうやらセンセーの指摘が自分のエンターテイメント小説評価の基準になっているようだ。センセーよりあとにデビューした作家に、自分が辛口になるのはこういうためになるテキストがありながら、ダメと指摘されているところをそのまま放置しているから。