odd_hatchの読書ノート

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都筑道夫「なめくじに聞いてみろ」(扶桑社文庫)-1

 タイトルのことばをしゃべったバーテンに桔梗信治がなんのことと尋ねると、「聞かれても教えられないっていう意味です」と返事した。気に入った桔梗信治は何度もつかい、すっとぼけた田舎者の青年のトレードマークになる。
 全13回の連作短編。主に都内を舞台にする。章のタイトルのあとの地名は、[読前読後]『なめくじに聞いてみろ』の東京を使いました。実在する場所を作中に記載するのは、「三重露出」「暗殺教程」「紙の罠」などの初期長編からホテル・ディックシリーズまで続いている作者のこだわり。
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序章:上野広小路、新宿、池袋、銀座、西大久保
 出羽から出てきた桔梗信治、カー泥棒・大友ビル、謎の女・鶴巻啓子登場。父・桔梗信輔が通信教育で育てた殺し屋12人の「飢えた遺産」を忘れてもらうために、自分を囮にする。

第一章 喪服の女王:新宿コマ劇場裏→桜上水四谷三栄町二子玉川
 (トランプ)カードの間にカミソリを挟んだものを凶器にする殺し屋間淵憲介。遊園地のフライング・コースターで対決する。

第二章 雨でなくても傘をさせ:新宿→四谷三栄町→中野→東京駅
 傘に仕込んだ太い針を使う大竹と、雑踏の中で決闘。大竹のマネージャーがいるのはおさわりバァ。この時代にすでにあったんだ! あと、蝙蝠傘を日本に持ち込んだのは咸臨丸帰りの勝海舟という蘊蓄(真偽は不明)。

第三章 マッチ一本怪死のもと:四谷三栄町渋谷道玄坂青山南町→阿佐ヶ谷駅
 ここから物語が錯綜してくる。信輔の作ったマッチで殺人をする弓削先生に殺しの依頼。でも先客に取られてしまって、自分を囮にできない。しかも第二章の大竹の友人水野が復讐のために、鶴巻啓子を拉致する。桔梗信治は二人を相手にしなければならない。第二章で雇った掏摸で賭博師の佐原竜子が信治のチームに加わる。

第四章 松葉杖も赤は危険:下谷二長町→多摩動物園
 水野の友人が松葉杖(に仕込んだメス)で桔梗信治に復讐を予告。黒服を来たエキストラを雇って陽動にする。動物園の中には造花のバラを襟にさした男たちが行き来して、だれが本物かわからない。鶴巻啓子がナイフ投げの見事な技をみせる。

第五章 人殺しのお時間です:日本橋浪花町→人形町末広隣→新宿→後楽園球場
 古いグランド・ファーザーズ・クロックのゼンマイを使う柴崎。決闘場所は深夜の後楽園球場。まるで剣豪小説のようなクライマックス。黒塗りの霊柩車を東京で持っているのは一社しかないという蘊蓄が語られる。

第六章 手袋をぬぐ女:四谷三栄町→浜松
 その女が手袋を脱ぐときはこの世の見納め時。浜松(「悪意銀行」の舞台)で大友がみつけた殺し屋は、過去に信輔にあっている。桔梗信治に身の上話をしながら、誘惑しようとする。大友らに幅寄せで意地悪したトラックが事故を起こしたうえ、信治らは何者かに尾行されている。

 

 作家が持ち込んだ趣向は
・この国の冒険アクション・ユーモア小説の先便。冒険アクションはそれこそ押川春浪「海底軍艦」小栗虫太郎「人外魔境」などがあるが、ユーモアには乏しい。冒険小説も当時は低調。その時代において、007のような英国のユーモアスパイ小説の味付けをした長編をものにした。解説を見ると、2010年ころでもまだこの国には少ないらしい。
・殺しに使う道具が日常用品。どこの家にも転がっていそうなものをいかに凶器にするか。いかに同じものを使わないか。作者のこだわりに注目。桔梗信治の対抗策も日用品、雑貨。彼は手で工作をするプリコラージュの名手。なので工具を持ち歩いている(バーのゲームや余興にも手馴れている。カードハウス、グラスハーモニカ、コイントス、ビールグラス積みなど)。
・桔梗信治の親は、戦時中に新兵器開発のためにナチに派遣されたほどの逸材(なので、親のおさがりを着る信治の服は英国の上等品ばかり)。ナチ滅亡をいち早く察知してさっさと帰国し、戦争責任追及から免れるために山形に引っ込んでいた。とはいえ、発明品を捨てるにしのびなく、通信教育で凶器を売り暗殺法を伝授した。それを息子がひとつひとつ消していこう、というのが、テーマ。センセーの小説に社会批判や問題提起を読み取るのは野暮だけど、1962年に雑誌連載されたという時期を見ると、「もはや戦後ではない」と通産省が宣言したにもかかわらず戦後世代が戦争犯罪のしりぬぐいをしなければならないというメッセージを読みたくなる。実際のところは、朝鮮人兵士への年金も出さないし、原爆被害者にも支援をしないし、と戦争のしりぬぐいをどの世代もやっていなかった。
・凡百の連作短編では、桔梗信治と殺し屋の決闘や対決にばかり熱中するだろう。センセーはもちろんそこに手を抜かないのだが、同時に長編としての統一感をだすことにも留意している。今までにも伏線が貼ってある。きちんと記憶にとどめるか、メモを取るようにしておきましょう(「神州魔法陣」「幽鬼伝」のようなクライマックスになるからね)。 

  

    

 

2021/08/06 都筑道夫「なめくじに聞いてみろ」(扶桑社文庫)-2 1962年に続く