odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

小酒井不木「疑問の黒枠」(別冊幻影城)

 1978年3月刊行の「別冊幻影城3」小酒井不木集から長編を読む。記憶ではその後文庫化されていないので、読むのは困難かと思ったが、有志によるテキスト化が行われていた。どうやら、初出の雑誌「新青年」を稿本にしたらしく、本文の他に編集者がつけたと思われる短文もついている。労多謝。
翻刻ライブラリ(小説)

 黒いうわさも絶えない村井喜七郎の死亡広告が出た。これで三件目。気にした喜七郎は住職に相談するが、なんと広告通りの模擬葬式をやろう、通夜の席で自分が生き返るのも一興、と準備に取り掛かる。葬儀が始まって納棺したが、でてくるはずのところ、音沙汰がない。慌てて開けると毒殺されていた。病弱の妻の往診に来ていた医師が死亡を宣告し、丸薬の瓶がないとさわぐ。葬儀の最中、結納を発表する予定の娘・富子と、最近喜七郎に取り立てられた厭な奴・押毛がいなくなる。葬儀の直前に、富子との結婚を許された中沢保青年、警部の覚えもめでたく、犯人をあげるべく捜査を開始する。すると、喜七郎の周囲にいるのは何ごとかを隠している連中ばかり。捜査は難航。そのうえ、喜七郎の死体が解剖学教室から紛失してしまう。
 この話とは別に、「犯罪捜査には心理分析が必要」と主張する小窪教授が犯罪方程式(殺人=犯人の心―被害者の心)を紹介。女性死刑囚の死体を譲りうけてミイラをつくるという研究をしている。教授のもとに村井の死体が届けられ、翌日解剖に回そうと悠長なことを言っていると、翌朝までに死体が消えていた。この教授はどうやら押毛や喜七郎と連絡があるらしく、押毛の家から方程式を書いた書籍がみつかり、模擬葬儀のまえに喜七郎は相談にでかけていた。
 ストーリーの大半は、中沢青年によるたよりない犯罪捜査。警部と一緒に右往左往。そのうえ、重大な容疑者である殿山医師に拉致され、俺が富子と結婚するのだ、喜七郎から承諾書をもらったという。絶望した保青年、暗闇の中、すぐに訪れる死を待つ。
 1927年1-8月に雑誌「新青年」に連載。九鬼紫郎「探偵小説百科」(金園社)をみると、この国の長編探偵小説の最初ではないが(黒岩涙香の翻案がさきとされる)、きわめて早い時期の作。乱歩、甲賀三郎などがデビューしていたが、長編はまだない。ヴァン・ダインの紹介もまだ。その状況において長編を書く意気込みやよし。
 極めて生硬な文章で、できごとを何でも描写しようとする。人物はまあ記号のごときもの。ストーリーもはずまない。文体も古い。1980年代の「新本格」派のデビュー作を思い出しましたよ。意気込みはあっても、文章の技術が伴わないというところで。(そのかわりに事件の複雑さは念入りに仕込んだ。冒頭の小窪博士の奇妙な作業がラストシーンに絡むところはみごと)。
 でも途中でふと気づいたのは、ヴァン・ダインの「本格」がまだなかったとき、不木がモデルにしたのは、古いゴシック・ロマンスだったということ。メインストーリーは犯罪の謎解きではなく、保青年と富子嬢のラブストーリー。世間では恋愛は難しい時代に、この青年たちが自分らで伴侶を選びとっていくという形式こそがこの小説のテーマ。途中で保青年の前に現れる押毛にしろ殿山にしろ、彼らは保青年のライバルであり、乗り越えなければならない壁。壁の乗り越えこそがこの小説のテーマにほかならない。みつけるのは当時のこの国にはまずいない自立した可憐な少女。このふたつの対立する性向をもっている少女像こそ、作者および読者のモダンボーイが見出しがったモデルに他ならない(欧米の映画にでてくるヒロイン像の投影だろうが)。ほかに、密室に監禁されて死を待つばかりの絶体絶命、生き別れの人物の再会、探偵が主人公にならずに事件の関係者が活躍、ほぼすべての関係者が過去の因縁にも関係している、なども。(あとから気づいたが、ホームズやリュパンの長編を参考にしたのだろう。)
 短編によく見られた人権侵害の事例がないので(ただし死刑囚の死体をミイラにするのは問題あり)、短編を読むときほどのストレスはなかった。とはいえ、今(2017年)から90年前の小説を読むのはつらい。
 おもしろかったのは、押毛の下宿で雑誌「新青年」と「探偵趣味」を発見するところ。そこではチェスタトン「孔雀の樹」が紹介される。事件は「孔雀の樹」を模していると指摘があるのだが、この短編は小酒井不木の翻訳。おもわずにんまり。こういう楽屋落ちというか自己宣伝の趣向が楽しい。(「孔雀の樹」は「驕りの樹」のタイトルで 「奇商クラブ」(創元推理文庫)に別人訳で収録されている)。

 2017年9月に河出文庫で復刊された。