odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

板倉俊之「蟻地獄」(新潮文庫) 21世紀の若者のリアルは殺伐としていて殺気立っていて暴力的。数百万円の身代金の工面に四苦八苦するというのは日本の窮乏化の象徴。

 19歳の「俺」は数か月の特訓の成果を見せるために、闇カジノにはいる。純正のブラックジャックをだすと、ボーナスがついて大金を手に似れることができるのだ。数時間かけて素人であり、かつ負けが込んでいるという演技をして、その瞬間を迎える。成功したが、店長にいかさまを見破られ、相棒を人質にされる。指令は5日間で350万円を持ってこい、できなければ闇の臓器販売ディーラーにお前らを売り飛ばすというもの。実家も零細企業であてにならない。どうやって工面するか。
 というところまで読んだが、暴力と粗暴な感情の描写に耐えられずギブアップ。放り投げようかと思ったが、気を取り直して、最後の40ページを読んだ。およそ読んだという体験にはならないが、思うところがあったのでメモしておく。
 タイトルの蟻地獄はそのまま脱出不可能な「弱肉強食(というのはスペンサーの観念であって、自然界にあるわけではない)」のいい。ここでは悪徳闇カジノの存在が「俺」にとっての蟻地獄にほかならない。無理難題を押し付けられて、頭の回転で切り抜けようとしても、どんどんドツボにはまっていく。その暗喩にほかならない。もちろん冒頭のエピローグで、運よく砂と一緒に巣の外に逃げ出す蟻が描かれているので、主人公の行く末がどうなるかは見当がついている。途中経過を素っ飛ばしてラストを確認したら、なるほどこのストーリーはアイリッシュだったのだなと納得しました。
 それにしても、と思うのは、21世紀の若者のリアルが、こんなに殺伐としていて、殺気立っていて、暴力的なのかということ。いきり立っていて、他人を信頼できず、それでいて相棒にはとことんつくす。「俺」の真情はそれこそ「走れメロス」にそっくりであるのだが、メロスもまた自分の家族と相棒以外には友愛を持たない孤独な男で、激情家であったのを思い出した。こちらは最後に暴君が改心しないので、本書の読後感は爽快にはならない。
 加えて、貧乏であることも。昭和や平成初頭であれば、身代金は数千万から数億円(天藤真「大誘拐」創元推理文庫のように100億円というおとぎ話のような金額になることも)であった。それが2012年初出の本書では350万円で、その工面に四苦八苦し、それがリアリティを生むというのは、21世紀の不況は、庶民や市民の資産をひどく奪い、なにより低賃金と長時間労働の奴隷化を促進している。それが本書の殺伐さになるのかと思うと、やりきれない気分。
 ほかに仕事を持っている人が書いた長編第1作だそう。技術はしっかりしていて、文章もまあこなれている。記述が半径50mの狭いところにかぎられているので、そこを広げて社会や思想をかけるようになるといいんじゃない。