odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

山口博「王朝貴族物語」(講談社現代新書) 王朝貴族社会を昭和のサラリーマン小説風に記述。昭和一桁の書き手は性差別に無自覚。

 王朝貴族はとてつもないエリート。当時の列島の人口は1000~1500万人と推定されているが、そのうち公卿は20人、天皇に拝謁できる殿上人は20~100人くらい。この位を得られるのは特定の氏だけで、その他の貴族は数百のポストを獲得するために、右往左往することになる。そうすると、学問ができて事務処理能力があり万人に受けのいい人柄をもち賄賂を払える財力があり家柄のよい妻を持ち引き立ててくれる有力人のコネがある必要がある。しかし貴族のポストは終身制なので、なかなか空きがなく、仮に地方の荘園官吏の役職になったとしても京を不在にしている間にライバルの台頭を許すことになるので、よい収入になるとしても赴任するかどうかは人生の難問である。そのような立身出世の競争を家族を含めた4万人程度の人々が繰り広げるのである。ほとんどの庶民にはほぼ無関係なところで、彼らエリートは生きていたのだ。

 宮中の仕事はなにかというと、儀式と会議と宴会である。政(まつりごと)は天や神に豊作と無病息災を願うことであり、人事を決める会議であり、人とのつながりを深いものにする宴会には深夜または早朝まで付き合わねばならない。多くのフィクションに描かれるような優雅でのんびりした生活ではないのだ。なるほど宮中の勤務時間は数時間であるとはいっても、職務によっては早朝や深夜の勤務になることがあり、なにより出勤回数の多寡で評価されるとなるとおいそれと休むわけにはいかない。ことに下級になるほど、忠実さをアピールすることは必要なのである。
 土田直鎮「日本の歴史05 王朝の貴族」( 中公文庫)
土田直鎮「日本の歴史05 王朝の貴族」( 中公文庫)-2
 当時の律令制は文書主義で漢文。祭儀や宴会では和歌を詠まねばならない。とすると文芸・和歌・楽器演奏は出世の技術にほかならない。男たちはこれらを磨いた。文才、詩才をもっていたとしても、それだけでは出世の糸口にはならず、ときに諦める心持になることもあるのだ。列島の随想や随筆はそういう競争から脱落した男によって書かれた。
2016/04/18 堀田善衛「方丈記私記」(新潮文庫) 1971年
2016/04/15 堀田善衛「定家明月記私抄」(ちくま学芸文庫) 1986年
2016/04/14 堀田善衛「定家明月記私抄 続編」(ちくま学芸文庫) 1988年
 また9世紀ころから宮中では女官の職ができ、約800人がついた。貴族の女性にとってはどの男と結婚するかは重要なテーマだったが、ときには職を務めあげることを目標にするものもでる。あいにく女性は漢文を学ぶ機会がなかったが、9世紀ころから平仮名が作られてから女性が平仮名で創作や日記を書くようになった。文字と文体の発明という言語革命があった(あと男から紙をもらえて自由に使えたというのもあるという)。できたものを読む男ができ(「源氏物語」を最初に評価したのは藤原道長!)、宮中で評論するものが生まれ、筆写本を流通するものができて、10~11世紀の女流文学の隆盛があったのだ。
森谷明子「千年の黙(しじま)」(創元推理文庫) 2003年
 一方で女性蔑視や差別はひどいものであった。とりあえず姦通は罪とされたが、本書によると法が裁くことはなく、仏教は現世に生きる行為者の責任を問わずむしろ免罪符の役割になり、古来の罪の規定とされる「国津罪」には違反したとしても禊(みそぎ)をすれば潔白となるのであった。社会的規制の働かない集団であり組織であったのだ。このようにインサイダーには甘いかわりに、組織の批判者や地方の反抗者には極めて厳しくあたり、処罰した。そのあとに神社を立ててお祓いをして祟りを恐れるのであった。
 高校教科書の日本史では律令貴族性は平家政権で消えたと思うように記述されるが、実際は制度は温存されたし、明治政府は復活させた。日本国憲法になって貴族はなくなるのであるが、日本人の精神にある貴族崇拝はいまだに残る。罪に対して禊で潔白になると主張する与党(というか国家神道系の政治家)に根強い。この国の統治者は大和朝廷の時からろくでもなかったと、長嘆息してしまう。
 にもかかわらず律令制国家が数百年も続いたのは驚きをみるほかない。これは制度がよかったとみるより、気候が温暖で生産の大きな変動がなかったことが大きいだろう。それはアジアの大陸でもそうだったとみえ、王朝の交替はなく、戦乱も少なかった。列島でも数百年にわたり、内乱や戦争はほとんどなかった。今日と同じ明日がいつまでも続くと思うような時間感覚の時代だった。これが12世紀になって寒冷期になり、飢饉や天災が頻発するようになると、危機管理ができない政権に不満がでてくる。以降の混乱は下記のエントリーを参考に。
2023/06/22 高橋昌明「平家の群像」(岩波新書) 2009年
2023/06/20 五味文彦「大系日本の歴史5 鎌倉と京」(小学館ライブラリー)-1 1988年
2023/06/19 五味文彦「大系日本の歴史5 鎌倉と京」(小学館ライブラリー)-2 1988年
2020/06/25 日本古典「中世なぞなぞ集」(岩波文庫) 
 という発見はあったのものの、本書を推薦できないのは、1932年(昭和7年)生まれの著者は王朝貴族社会を昭和のサラリーマン小説風に記述し、性差別を拡大しているから。