odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

大山正「色彩心理学入門」(中公新書) 西洋の持つ価値観やバイアスが色にまとわりついているので、色彩を研究するときは注意してください。

 以前、ゲーテ「色彩論」を読んだときに、本書が参考書として見つかった。

odd-hatch.hatenablog.jp


 入手できたので読んでみる。

 主要な関心はゲーテの論をどのように評価しているかというところ。ゲーテによるニュートン批判は物理学としては意味がない(やっぱりね)が、色の感覚属性に注目した見方は(それなりに)継承されているという内容だった。

色彩の研究は、ニュートンの実験に始まり今日の色表示体系に至る流れと、ゲーテの観察に始まる、色の主観的な体験の現象学の流れとがあり、そこに両者に欠けた色覚の生理学の流れが加わっている。さらに色には、感情や文化と結びつく複雑な側面もある。この広範囲におよぶ色彩のさまざまな問題を、主要な人物の貢献を紹介しつつ解説する。色彩への実用的知識が要求される現在、その課題にも応えてくれる格好な入門書となっている。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-9940032811

 色には物理特性と感覚属性があるので、研究するときにはどちらのアプローチにも注意しないといけませんよ。そうすると、色の研究では、物理学(光学)、生理学・解剖学、動物行動学、心理学、哲学からアプローチされている。本書はそれらを歴史的に記述する。というわけでニュートンゲーテから始まり、おもに19世紀の科学者の説と著者の関係した実験の紹介を行う。
 この書き方は、著者の講義の参考書にするにはいいのだろうが、素人が教養獲得を目的にするには、雑然としていた。総論がないので、科学史のエピソードや個別実験の結果がどこに関係しているのかわからないからだ。著者は色の研究のまとめとして書いたようだが、読者には不親切。1994年刊行。

 

 色の心理学研究は最相葉月「絶対音感」(新潮文庫) で紹介された研究に似ている。現象や感覚を科学的に調べようとするほど、色から喚起される感情から遠くなるようなところ。
 ただ、本書にでてくる色の研究には危険なところがある。とくに色の象徴や感情喚起のところ。すなわち「ヨーロッパ」の「近代」が世界中を覆ってしまったために、西洋の持つ価値観やバイアスが色にまとわりついているのだ。たとえば、白はポジティブ(清潔、高貴)なイメージがあり、黒にはネガティブ(悪、闇)なイメージがついている。それが肌の色についてくる。男らしい色、女らしい色という区別には商業主義やジェンダーバイアスがついてまわる。
 アメリカでは少女にふさわしい服の色はながらく水色だったが、1950年代の服飾メーカーのキャンペーンで赤やピンクになった。1950年以前に作られたハリウッドの少女映画(ジュディ・ガーランドの「オズの魔法使い(1939)」やルロイの「若草物語(1949)」など)で確認できる。ここに注意しないと、差別擁護の議論を学者がやりかねない。

オズの魔法使い(1939)

画像

若草物語(1949)

画像画像画像画像

 

 

追記:ジョイスユリシーズ」の訳注によると、20世紀半ば以前は、赤の染料は高かったので、上級階級や僧侶の上の階位の人しか着られないということだった。赤の染料を人造で作れるようになったのが、上のような服と階級やジェンダーとの結びつきを変えたのだろう。

 

追記2023/12/10

少女の服の色が1950年代の広告でピンクになる前は水色だったのだが、なぜ水色なのかわからなかった。それがジョイスユリシーズ II」の訳注で氷解。聖母マリアの色で、乙女の徳の象徴で、花嫁に幸運をもたらすから

画像

その次の「グリーンは英米で古来不吉とされていた色」というのも興味深い。バルガス=リョサの「緑の家」が町の人に総すかんをくったわけや、チェスタトンの「家屋周旋業者の珍種目@奇商クラブ」でグリーンの家を進める周旋業者が不審がられる理由がわかった。

odd-hatch.hatenablog.jp