本を読む前に、DVDになった岡本喜八監督の映画(1991年公開)を見た。1960年代の傑作群と比べると、見劣りのする映画であって、それでもなお1980年以降の映画からすると優れた作品になっているのは立派なものだ。ひとりの監督の作品を年代順にみていくと、優れたものを作ることが可能になるのは、もちろん監督自身の作家性(というかこだわりなど)にあるのかもしれないが、映画ではむしろそれを支える体制のほうにあるのではないか、と考える。それほどに、画面の後ろやカメラのこちら側など見えないところの充実具合が、1960年代と1990年では決定的に異なっているのだ。そんな感想。バブルの時代に大ヒットしたこの映画も、今となっては優れたテレビドラマのように見えて、かつての「映画」を見ている充実した気分が生まれてこない。では「映画」を見るとはどういうことかといわれても、うまくことばにできないのだが。(でもすごく面白いんだ。何度繰り返しみたかわからない。)
さて、先に映画をみてしまい、その印象が鮮明な状態に読んだので、このミステリーを読みながら、映画の情景が即座に脳裏に浮かぶことになる。そういう具合であったので、ああ岡本監督は原作から漏れるところもなく、ほとんどすべてのシーンを2時間に収めたのだ、しかも原作のディテールのままに、ということに気付くことになる。しかも、主人公の刀自のセリフは原作のまま全部を語らせているのだ。ストーリー半ばの身代金引渡し方法をTV放送で説明するシーンで、文庫本8ページになんなんとするセリフをほぼそのまま北林谷栄(この人、同じ監督の「肉弾」にも印象的なおばあちゃん役で出演していた。もちろん「となりのトトロ」の老婆も印象的。合掌)に語らせる。この映画のクライマックスで圧巻。原作と違うのは、刀自が体重を量るシーンを最初にもってきているところくらい。このシーンが映画の冒頭に挿入されたので、ラストシーンの動機を語るところにうまくつながっていく。(あと、刀自の山に対する述懐を読んだ後に、松下竜一「砦に拠る」を読んでみてほしい。)
小説は、ミステリーとして「大傑作」かというと、うーんとうなることになるのだが、この人の朴訥な文章と真摯な語り口は上品で、気持ちがいい(なにしろ人が一人も死なないし、ほとんど誰も傷つかない。誘拐犯が人質に振り回されててんやわんや(死語)で計画がどんどんずれていく)作品に仕上がった。(追記。誘拐ものミステリをその後いくつか読んだうえで振り返ると上記の評価は低すぎた。傑作です。ごめんなさい。)
同じ作者の「遠きに目ありて」は力作だけれど、主題が重すぎて再読する気になかなかならない。あと、この人の筆は1970年代を活写していて、懐かしい思いがする。電話は黒電話、ビデオ録画はできず、コピーやFAXが当時の最新事務機器。老人や障害者に配慮して設計した社会的公共財などひとつもないのだ。公害裁判が進行中で、成田で反空港の闘争が進行中で、イスラム社会に日本の過激派がいたという時代。活気はあってもすみごこちはよくない、不満はたくさんあったが未来が明るいと信じることのできた時代。
このストーリー、よほど印象的だったのか、映画の公開後に、少女漫画「有閑倶楽部」でまるまるいただいちゃったエピソードが作られました。
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