前回の読みから10年後の再読。その間に、経済学の本はいろいろ読んできたので、どのくらい自分の読みが深まったかを確認してみよう。
前回の読み。
2013/05/23 ジョン・リチャード・ヒックス「経済史の理論」(講談社学術文庫)
理論と歴史 ・・・ 通常歴史は一回限りの個別なものとされるけど、経済活動を集団行動として統計的に扱うことによって、標準的な発展にまとめることができる。市場と交換経済に着目。マルクスのように、しかしマルクスとは異なる方法で。
(経済史を「形式化」するのがこの本のテーマ。以下、ここではおもにギリシャからヨーロッパの経済を中心にみることになる。唯一資本主義を形成することのできたヨーロッパの経済は特殊であるが、他の地域の経済もヨーロッパの影響で資本主義化しているのであって、他地域の経済史をみるときこの形式化が有効になるだろう。地上では資本主義になり損ねた経済もあるのであって(中国の宋とか)、なぜ資本主義が成立しなかったのかの問題も立てられる。またヨーロッパの資本主義もさまざまな形態をなぜとるのかという問いも生まれる。)
慣習と指令 ・・・ 「市場の勃興」という謎。そこで非市場経済を考える。上からのものに依拠した指令的経済(現在でも非常時にはこうなる)と下からのものに依拠した慣習経済。指令的経済から「帝国」ができて、官僚制ができて云々。
(ここがつまらないのは、貨幣の謎をまったく考慮していないから。共同体の中では贈与でまわるが、共同体の間の交換では等価交換を保証する貨幣がないとできない。この章の考察には貨幣、そして共同体の間という考えがないので、まったく説得的ではない。)
市場の勃興 ・・・ 贈与、慣習の経済から市場が生まれるために決定的なのは商業の専門家の登場。余剰物資を持っているもの、財貨をもっているものが農村から生まれたのと、王の命令で生まれたものが想定される。市場は潜在的に危険な集会なので、所有の保護と契約の保護が必要。そこで権力が介入する。
(ここもつまらないのは貨幣が無視されていること。さらに、人類学の知見で、集団を小規模血縁集団(バンド:~80人)、部族社会(トライブ:~数百人)、首長社会(チーフダム:~数千人)、国家(ステート:5万人以上)と見る視点がないこと。いきなり「国家」があって、そこから市場が生まれたとされる。そうかあ。この国の歴史でも部族社会や首長社会のころから市場はあったとみてよいのではないか。さらに西洋以外の地域の経済史には詳しくないこと。明の海洋貿易が栄えなかった理由を不明にしているが、中国史では明らかになっている。三田村泰助「世界の歴史14 明と清」参照。インドの海洋貿易が栄えなかったというが、あそこは主に陸路による交易がおこなわれていた。おのずと西洋中心である著者の心象が出てきて、経済史の形式化がうまくいっていない。まあ、1969年の作ではしかたがないか。)
都市国家と植民地 ・・・ 商人的経済の第一局面で都市国家が現れる。商業の専門家団体ができて、交易に従事。ただし取引を継続するほど利益が減少。そこで植民地をつくるなどする。
(ここもつまらないのは、交易で利益が減少するのは、参入する団体が増えて、一団体ごとの利益が減少することでしょう。全体としての交易額は増えている。減少するのは参入団体内の競争にあるのではなく、外部のイノベーションによるのではないかしら。インド洋の海洋交易ができると陸路のシルクロードが衰退する、ヨーロッパの大西洋航路ができて地中海貿易が衰退する、帆船の海運業者は蒸気船の業者に勝てない、など。植民地の建設は東アジア、東南アジア、インド、中東には見られないので、ここも形式化するのは無理。)
貨幣・法・信用 ・・・ 都市国家のゆっくりとした衰退(強力な国家の誕生、侵入者など)に続いて、市場が浸透する。そこで国家が商人的経済の保護を受け持つ。重要な創出物は、貨幣と法。商人的経済では信用の仕組みを作り、株式会社のもとをつくる。
(ここでようやく貨幣が登場。貨幣の使用価値と価値の保存にだけ注目するのはやはり不十分。信用の仕組みはピーター・バーンスタイン「リスク 上下」(日経ビジネス文庫)等で補完しよう。)
ピーター・バーンスタイン「リスク 上」(日経ビジネス文庫)
ピーター・バーンスタイン「リスク 下」(日経ビジネス文庫)
国家の財政 ・・・ 国民国家以前の国家の問題は、租税収入の不足と硬直性。戦争のような緊急の支出に対応できない。理由は富裕層の富を捕捉できず、帳簿が不備で、徴税システムが不備であること。国家は貨幣の改鋳を行ったかが、しばしば悪貨であり、インフレになる、増税を行い、税収不足になった。そこで重要になったのは銀行。国家の貸し付けを請け負ったことと、信用創出で鋳造によらない貨幣を発行できた。財政的に安定した国家は行政システムを強化する(行政革命)。
(中世から近世初期にかけての経済史の形式化。この本には書かれていないが、中国でも同じようなことがあった。この国では室町から戦国の貨幣経済の浸透のあと、江戸幕府になって物納に米本位制になるというバックラッシュが起きた。なので銀行はできず、行政革命も不十分。)
再読では出だしから躓いてしまった。というのも、柄谷行人「隠喩としての建築」「探求」、岩井克人「貨幣論」「二十一世紀の資本主義論」、中国やインド、西域。イスラム世界などの歴史を読んできたから。前者では貨幣が経済発展で極めて重要であることを知ったし、後者では西洋以外の文明での経済発展をみてきた。そうすると、ヒックス先生のいろいろな起源の説明が不十分であるとしか思えない。
岩井克人「貨幣論」(ちくま学芸文庫)
岩井克人「二十一世紀の資本主義論」(ちくま学芸文庫)
柄谷行人「隠喩としての建築」(講談社学術文庫)
柄谷行人「探求 I」(講談社)
柄谷行人「探求 II」(講談社)-2
2019/01/31 ジョン・リチャード・ヒックス「経済史の理論」(講談社学術文庫)-3 1969年