法月警視は一週間の休暇を取って、信州の山荘にでかけた。ある有名な女性から招待状を送られたからだ。その山荘には、将来を嘱望されて隠遁した元官僚(すぐれたプログラマだった)とその弟(出世の期待されたエリート官僚)。元官僚の前の妻とその夫(執事のような役割を楽しんでいる)。ほかには、医師に陶芸家(とその娘)にモデルに、法月警視。山荘の雰囲気はぎこちない。その予感は、雪の降った朝、「弟」にたたき起こされたときに的中した。招待主の高名な女性が離れで首をつっているのが発見されたのだ。夜間に振った雪には発見者の足あとしかない。警視から電話口で事件を聞かされた法月綸太郎は「カーの『白い僧院』だ」と口にする・・・
1989年に書かれた本書(著者の第2作長編)はとても古めかしい衣装にまとわれている。なにしろ、招待される理由がわからない見知らぬ同士が集まり(クリスティ「そして誰もいなくなった」)、殺された女性は政界にのし上がるためにエリートや知識人らの秘密を得てゆすりを企んでいた悪党であり(クリスティ「マダム・ジゼル殺人事件」、カーにもありそうだが調査不足)、警察官が息子の名探偵の力を借りれずに独力で事件にあたる(クイーン「クイーン警視自身の事件」)。山荘は「月蝕荘」と名付けられたモダンな建築(あまたある館ものミステリ)。オカルティックな、あるいは自己啓発か新興宗教もどきな集まりが催されていて、エリートやブルジョア、もしくはアーティストくらいしか行くことができない(筒井康隆「フェミニズム殺人事件」)。ミステリの焦点である不可能犯罪は「雪の中の密室」。こういうスノッブなフィクションは、当時のバブルの雰囲気を濃厚に反映している、ただし、著者は実体験をしているわけではないので、この山荘の雰囲気とキャラクターは書割めいた浅さを露呈している。そういえば吉村達也「トリック狂殺人事件」も似たような話だったな。吉村作のように軽薄な文体とキャラクターであれば、古めかしさも笑えるのだが。本作ではリアリズムであろうとして、ちぐはぐになっている。
さて、正規の捜査とは別に警視が聞き取りを進めることで明らかになるのは、警視自身を含め、招待客の全員が殺された高名な女性に翻弄されている。ゆすられていたり、彼女の出世欲に付き合わされて振り回されたり。全員が動機を持っているのであるが、しかし犯行時刻にはアリバイがあり、それを崩したとしても「雪の密室」に入退出することができない。どうする綸太郎とはっぱをかける警視もある参考人を追いかけている最中に待ち伏せを受けて、殴られて失神するという失態を演じることになる。
主要な事件のトリック云々よりも、事件の関係者の思惑や理解できない行動のひとつひとつがのちに意味を持ってくるという綿密なプロットに感心する。耳栓であるとか、幼女のもつぬいぐるみであるとか。割と思わせぶりに書いてあるので、これからの読者はメモを取ることを推奨。国名シリーズのような謎解きの快感を得られます。
ちなみに法月警視は亡くなった妻の係累である大物から事件の調査(むしろもみ消し)を依頼されている。それに従わざるを得ない屈辱がのちに逆転に転じる。メインストーリーにはからまないもうひとつの物語(それは法月家の家族にかかわる)を持っているところが、この小説に奥行きを持たせている。警視の感情や口調は20代前半の若者が想像する(アニメなどの影響を受けた)ステロタイプの中年男になっていて興覚めではあるのだが、まあ著者の経験不足ゆえにしかたがない。
なお、モデルとして登場する「中山美和子」はのちの「ふたたび赤い悪夢」でヒロインとして再登場する。本書でほのめかされた彼女の秘密があとで解明される。併せて読むとよい。とはいえ、この17歳の「美少女」もアニメにありそうな現実離れした、すなわち男の妄想のうちにしかないキャラクターなのだよな。
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