2013/09/23 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1
2013/09/24 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2 の続き。
ようやく物語をまとめるところにきた。
1848年パリ周辺で以下の事件が起きる。
1)田舎でベルトラン婦人が暴漢に殺される。彼女は若いころ、貴族の私生児を養育していた。
2)ベルトラン婦人の手紙を入手した新聞社主ブランダンは従業員の新聞記者に極秘に捜査していたが、2月22日の蜂起で背後から射殺された。かれの最後の言葉が謎めいていた。
3)ブランダン婦人の行方調査をオーギュスト・デュパンに依頼していたジュスティーヌ・ド・モンテルランが毒殺された。居合わせた小間使いによると、突然空中に毒薬があらわれたという。またジュスティーヌの夫は2年前にロンドンのホテルで暴漢に襲われ殺されていた。
4)3の事件の後失踪した小間使いが、高級娼婦ジェニー・パンゲのマンションで鍵のかかった浴室で殺されていた。
5)小間使いを匿っていたジェニーが黒ミサの会場になった屋敷で刺殺された。居合わせた青年の供述によると、鏡に映った自分が、全裸のジェニーを刺殺したらしい。
プロット通りに構成すると上記のようになる。事件の発覚の順番通りではない。3から5の事件は不可能犯罪。2つの密室に、ドッペルゲンガーという具合。ただこの長大な物語では、不可能犯罪であることは強調されない。それは1848年という近代捜査がまだない時代だし(警察はおもに公安と治安維持にあたり犯罪捜査は主流ではない。それに科学捜査も未発達。指紋のことなど知られていない時代)、オカルティックなことも合理的な説明の一つとみられていたから。
上のような「本格」探偵小説の書き方ではないのももうひとつの理由。すなわちシャルルという文学青年を主人公にし、2の事件を目撃し、謎を引き継いだために、事件の捜査に取り掛かる。自分一人ではもてあますので、謎解きで有名なオーギュスト・デュパンに捜査の協力を依頼する。この謎めいた人物(屋敷の中に人工的な夜を作る、社会主義・経済学の広範な知識を持ち、当時の知識人と対等の会話をかわす、貴族社会や政府の要人とコネクションを持つ、など)と一緒に、徒歩で馬車に乗ってパリの市内をうろつきまわる。それが群集など社会の変化を見つけることになるのだが、そのストーリーはハードボイルドのそれ。最初は小さなどうでもよい事件と思われていたのが、社会や共同体のカギになる家族にかかわる。家族の秘密が事件のカギであり、それは社会の不正や悪を暴き出すというような。
面白いのは、途中であったり聞き込みをしたりする相手が実在の人物であること。ここではバルザック(文学者)、ブランキ(革命家、思想家)、ジラルダン(新聞社主)、ヴィドック(最初の探偵)が重要な人物。ほかにもラマルティーヌ、クールベ、ユゴー、ジョルジュ・サンド、ネルヴァル、ゲダール、マルクスなど。こういう人物が史実や著作とおりの行動、会話をする。それが事件に密接に結び付く。5の事件の黒ミサがあの人のあの趣味によるのかと唖然とした。これを描く力量はみごと。
さらにブッキッシュな話題を続けると、これもまた「ポーをめぐる殺人(byヒョーツバーグ)」のひとつであること。オーギュスト・デュパンはもちろん探偵小説初の探偵だし、彼の口を通じて3つの事件が紹介される(「モルグ街の殺人」「マリー・ロージェの謎」「盗まれた手紙」は試験に出るので暗記すること。ん、何の試験?)。そのうえ章の冒頭にはポーの小説などが引用され、主人公シャルルもこの作家への偏愛を語る。なによりも、最後にひとりの歴史的人物の名が明かされるのだが、それは本当に見事に決まる。唖然とするほど鮮やかな手際なのだが、それを知ったうえで再読すると、この名前の手がかりはここあそこにあっけらかんと明確に書かれているのだ。自分は初読のとき、事件の解決より、こちらに圧倒された。
2013/09/26 笠井潔「群集の悪魔」(講談社)-4 に続く。