odd_hatchの読書ノート

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岩村忍 他「世界の歴史19 インドと中近東」(河出文庫)

 トルコ、イラン、インドの中世と近代史。もうしわけないが、この場所と時代に関する興味をもっていないので、どうにもつらい読書。なにしろ、それぞれの地域には巨大帝国があったとはいえ、宮廷内の内紛とクーデター、王朝の交代ばかり。個々の皇帝の個性や政策を知るというのは耐えがたい。その地に住む人たちからすれば、この国の古代から近世にかけての支配一族の変遷など興味を持つはずもないので、それはそういうことにして。

 もしも15世紀から18世紀に「世界史」を書くのであれば、この土地(インドと中近東)は中国とならぶ中心となったはず。ヨーロッパやアメリカ(およびこの国)は世界史の対象にならない辺境でしかない。それほどに巨大な中央集権体制と、それを支える経済的繁栄、それに基づく文化の成長があった。にもかかわらず遅れた地域ヨーロッパにわずか数世紀で追い抜かれる。その理由を妄想すれば、ヨーロッパや中国がいち早く実施できた「聖俗革命」が起こらなかった。宗教と政治の権力が分離され、宗教やイデオロギーが内政や外交、経済と分離され、宗教的権威が政治的権力より下に置かれた。しかし、インドと中近東はそのような政教分離、聖俗革命が行われず、常に宗教的権威が優先された。人の生活を宗教が縛ることと、宗教のルールや規律が優先されることになる。それは多民族をひとつに統一するシンボルになり、安定をもたらすのではあるのだろうが、一方で変化を嫌い伝統や習慣を遵守することで変化を起こさなくなる。さらには、個人よりも集団や組織を尊重するので、個人が社会活動を起こすモチベーションをもたなくなる(はず)。単純化すると、「市民」が生まれず、産業革命自由主義・民主主義がつくられなかった。
 なので、18世紀あたりから変化と膨張を自己目的化したようなヨーロッパ(のとくに資本主義)に、これらの帝国は太刀打ちできなくなった。そのうえ、インドと中近東の位置がよくない。海洋路を使った帆船貿易は陸路のシルクロード貿易を駆逐してしまったので、商人資産が減少。近代化したイギリスとロシアの拡張政策がぶつかるのがこの地域。トルコ、イラン、アフガニスタンあたりはとりわけ。なので、それぞれがインドと中近東の「帝国」に働きかけ、傀儡にし、植民地化していく。この「世界の歴史」シリーズでは「世界の歴史16 ヨーロッパの栄光」「世界の歴史21 帝国主義の開幕」がその時代にあたり、ヨーロッパからみた辺境の「開発」が描かれているが、植民地化された側から見るこの巻ではおよそ「開発」にはあたらず、支配や隷従としかいいようがない時代になる。あいにく19世紀なかばのインドの「セポイの反乱」が大規模な抵抗運動であり(その処理のためにイギリスの日本来訪は遅れ、過剰生産になった銃器を日本に売りつけることに成功した)、植民地化は20世紀半ばまで続く。
 おもしろい指摘は、イギリスはインドで非同化主義を徹底したが、インドの階層性はイギリス本国で強化された。民主主義や自由主義の主張は、習慣や伝統や風俗と不一致であった。ヨーロッパはアジアの影響を受けなかったが、ほとんど唯一イギリスが強く影響された(通常は世界に冠たるイギリス、日の沈まない帝国とみなされているが、それを逆転する見方。たぶん主流の考えではないと思う)。
 インドと中近東の政治的不安定は、宗教情熱の強さと、他民族との衝突。イスラムヒンドゥーは寛容を旨とする宗教であるはずだが、多民族と多宗教の混交する地域では排外主義と差別が強く行われる。ヨーロッパでも12-16世紀に宗教の違いに基づく戦争や内乱、ジェノサイドが行われたが、数百年の経験で寛容であろうとするようになったが、この地域では不寛容が寛容に勝っている。
 さてこの感想では、「近代化」の有無で、ヨーロッパとこの地域を比較してみたが、「近代化」が正しい政策や理念であるかどうかは検討していない。とりあえずグローバリゼーションが進み、基本フォーマットになっているから、物差しにしている。しかし、インドや中近東で「近代化」が必要であるか、有効であるかはさてどんなものか。
(インドの独立運動、戦後イスラエルの建国、イラン革命など21世紀の現在に重要なできごとは多々あるが、この本の記述は1960年代であり情報が古いことと、自分の勉強不足があるので、割愛する。)