odd_hatchの読書ノート

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牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-1

 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)による「全体主義の起源」の要約がとても知的興奮をもたらしたので、別の人による解説書を読む。

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序 章 アレントと『全体主義の起源』 ・・・ アレントのいう「全体主義」はファシズム共産主義を包括する概念ではなく、それぞれから出てくる支配の形態をいう。徳敵の体制に収まり切れず、枠を乗り越え、自己破壊にいたる運動である。アレントの意図は、起源の説明ではなく、全体主義に結晶する諸要素を歴史的に説明すること。「結晶」は歴史的な因果関連を明らかにすること。
アレントは因果関連を明らかにするが、法則主義ではない。「諸要素を歴史的に説明する」はヨーロッパの全体主義とは別の形態の全体主義を経験した日本人には意図がよくわかるはず。)

第一章 『全体主義の起源』以前のアレント ・・・ ドイツで育ち(矢野久美子「ハンナ・アーレント」中公新書参照)、ナチ政権と反ユダヤ政策を体験。アレントが属するユダヤ人は母国と持たない例外的なマイノリティ。WW2のレジスタンスや戦後体制の検討で、ユダヤ人は代表権をもたなかった。アレント国民国家ではユダヤ人問題は解決しないと考え、連邦制的システムを構想したが、それに近いアメリカやソ連でもユダヤ人は排除された。アレントの「全体主義の起源」はユダヤ人としての自己の存在根拠を探る探求でもある。
(日本における朝鮮人は西洋におけるユダヤ人の在り方に似ている気がする。母国と故郷がアイデンティティにかかわるという指摘は重要に思えた。アメリカでは憲法にまとめられる理念に賛同することでナショナリズムをもつが、それでもヨーロッパは故郷であると考える。自分のルーツを調べ、どの民族に所属するかを確認している人が多い。)

第二章 ユダヤ人と国民国家――『全体主義の起源』第一部「反ユダヤ主義」 ・・・ 19世紀は国民国家の隆盛期であるが、資本主義のグローバル化で崩壊していく。国民国家の構成員の帰属先は階層(貴族、聖職者、ブルジョア、農民など)であるが、賃労働者が増えると彼らの帰属先はない。階層が固定化していると排外主義の衝動は生まないが、政治的経済的平等が進むと、自己を卓越化は差別によって達成される。市民階級は政治的に勝利したが、かえって市民は政治的関心を失った。それらの諸条件からモッブ(mob)が生まれる。どの階層にも所属せず自分を余計者と規定しているモッブは強い男・リーダ-を求め、社会と議会を憎み、敵のために運動する(正義や理念を目的にしていない)。ポピュリズムの政治家はモッブを支持層にしようと、国民投票を志向し、政治の場が議会の外に現れるようになる。反ユダヤ主義政党が登場すると、超国家的・超国民的な在り方をめざす(左翼は国民国家の枠組みを壊さなかった)。これは帝国主義全体主義につながる。

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(モッブmobの説明)

ユダヤ人の在り方の説明はこの国ではわかりずらいのでまとめは省略。単純化すると、ユダヤ人はどの階層にも所属していない一方、国民国家の間の媒介者として活躍していて、ナショナリズムの同質化・同一化からつねにはみ出す存在だった。モッブらが差別する条件をみたしていたのが重要。あと、社会的経済的平等が実現すると差別が現れるのは19世紀アメリカの黒人差別に顕著。たぶんその差別のために白人の人種や民族間の対立が目立たないなったと思う。20世紀の世界大戦期には多民族や人種への差別がアメリカで蔓延。)

第三章 帝国主義国民国家体制の崩壊――『全体主義の起源』第二部「帝国主義」 ・・・ 国民国家は境域をはっきりと確定するが、資本の拡大は国境を超える。ナショナリズムは領土の拡大に反発するが、資本が国家を超えて市場を拡大しようとするとき、権力の拡大を必要とする。国内で過剰になった資本を海外に投資するときに権力の保証が必要であり、帝国主義は権力の拡大を目標にする。富の蓄積は終わりのないプロセスであり、だれでも資本の競争に参加でき帰属できる(国民国家の階層を無効にする)。なのでモッブと権力は同盟を組んで帝国主義を推進する。余剰となった人間(モッブと官吏)は植民地に行き、違法の人民を服属させる(国内政治と外交を一致させる)。
 人種思想(race-thinking)はフランス革命期から生まれ、粗雑ではあるが人を引き付けるイデオロギーとなった。人種が国民の本質的要件であり、支配エリートの存在を保証し、優生学と結びついた。人種思想は内戦の論理となった。(続く)

 

 ここまでで本書の約半分になったのでエントリーを分ける。
 サマリーを先取りするが、19世紀末から20世紀前半にかけて、イギリスは海洋型帝国主義になる。その際に、ボーア戦争を境にして、モッブと官僚の支配する帝国主義ができたとする。その際に、派遣されたイギリス人は現地のボーア人を人間とみなさないようになった。この帝国主義の意識は、同じ時代に書かれた冒険小説を見るとはっきりする。ハガード「ソロモン王の洞窟」1885年では、王家の末裔の黒人が重要なキャラクターであり、黒人国家への敬意尊重がみられた。コナン・ドイル「失われた世界」1912年になると、もはや黒人への敬意や尊重は見られず、人食い人種とされるかれらは英国人による殲滅の対象になる。それはすでにホームズ物語が書かれだした1890年代にはみられる。あるいはロフティング「ドリトル先生」シリーズでの扱いにも見ることができる。

 

2021/11/25 牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-2 2015年
2021/11/22 牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-3 2015年