odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

中町信「空白の殺意」(創元推理文庫)

 群馬県(読者の物理現実にある県とはちょっと違う)のある高校で、女子生徒が扼殺された。その直後に、同校の女性教師が自殺を遂げる。傍らには謎めいた遺書がある。そして同校の野球部監督が失踪していたが、毒殺されているのが見つかる。調査を進めると、野球部を応援しているスポーツ用品店の社長も殺された。この高校は新設だが、校長の意図で野球部に予算をかけて、甲子園に出場するのが決まっていた。直前には、ライバル校が不祥事を起こし、県大会の出場を辞退している。甲子園出場をめぐる大人たちの争いが連続事件を招いたのか・・・
 というサマリーをつくるのも嫌になるような作。なにしろ上記の事件の関係者の動向が細切れに新聞記事のように書かれ、全員が説明口調のおよそ現実味のないセリフを口にし、いったいだれがだれやら。いつものような人物相関図を作る気も起らない。半分以上は警官たちの会議と聞き取りで、これも味気ない。事件の構図や関係者の動向などはほとんど警察官の会議で知れるとなると、いったい関係者の物語を描く必要があるのか。
 作者の言葉によると「心理的なだましのトリックをメインに据え、読者を最後の一ページまで引っ張っていく『皇帝のかぎ煙草入れ』のような作品を(略)書いてみたくなった」とあって、その趣向はだいたいうまくいっている。自分はカーの長編よりも江戸川乱歩「心理試験」バークレー「毒入りチョコレート事件」(短編は「偶然の審判」)を思い出した。証言などの一言二言が後で重要なてがかりになるという趣向。
 でも、ここでは警察の調書に、新聞記事のような関係者の動向の間に、その一言二言が書かれているので、もう少し文章を練らないと。カーの長編では「心理的なだましのトリック」がある一方で、疑惑の渦中にある容疑者が追い込まれていくというサスペンスがあったのだが、こちらにはそのようなもうひとつの物語はない。読む進むのがときにつらくなった。
 あとがきや解説をみるとプロットをしっかり固めてから執筆にとりかかるというから、そのスタイルに問題があるのだろう。書く側からすると、ジグソーパズルを組み立ててから、パーツに分けるようなもの。その技巧に集中したために、人物やその周辺の細部が味気なくなったのだろう。
 もとは「高校野球殺人事件」のタイトルで1980年に初出。文庫化されるときに手が加えられ、題名も変えられた。