odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

中町信「模倣の殺意」(創元推理文庫)

 ちょっと酒が入っているので、冒頭は出版社サイトの紹介文を引用することにする。

7月7日午後7時、服毒死を遂げた新進作家、坂井正夫。その死は自殺として処理されるが、親しかった編集者の中田秋子は、彼の部屋で行きあわせた女性の存在が気になり、独自に調査を始める。一方、ルポライター津久見伸助は、坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼され調べを進めるうちに盗作疑惑に直面し、確執のあった編集者を追及していく。
模倣の殺意 - 中町信|東京創元社

 中田秋子は最近亡くなった津川恒太郎という推理作家の娘。糖尿病を患って創作意欲のなくなった父は坂井正夫をかわいがっていて、いやむしろ雑用をさせていたのだった。目のなかなかでない坂井と秋子は婚約していて、坂井の死に衝撃を受ける。ようやく雑誌から声がかかり、短編を載せることができたばかり。自殺するわけはない。というわけで坂井の係累を調べると、富山の娘につながる。律子という女性の姉は造船業社主の妻であり、生まれたばかりの息子が行方不明になっていた。そして律子は50万円という大金(1973年当時)を坂井に渡していた。坂井はこの姉妹のなにか秘密を知っているのではないか。
 津久井の探求は最近の殺人事件をおもしろおかしく記事にしろという指令のため。その仕事を命じた編集長は、津川恒太郎に私淑していて、晩年の津川の様子をよく知っている。そのうえ、妹は坂井に振られたことが原因で自殺していた。そのうえ最近雑誌にのった坂井の短編が津川の最後の作品の盗作である疑いが出てくる。
 小説は二人の捜査が交互に記述される。そのうちに、坂井正夫という作家志望の中年(?)が複雑な性格を持ち、多くの人に重大な影響を与えてきたことが明らかになってくる。まああんまり明るい性格でもないし、人に好かれるたちでもないので、「運命の女」のような妖艶で危険な香りが立ちあがってくるわけではないのだが。そのために、感情移入先がいないので、中盤は退屈。次第に二人の捜査は近づいていって、さて核心に、というところで「あなたは、このあと待ち受ける意外な結末の予想がつきますか。ここで一度、本を閉じて、結末を予想してください」とクイーンの「読者への挑戦」もどきの文章が入る。ああ、「新本格」によくあるそれですね、とあくびを噛み殺して、最終章にはいるとはっと頭をあげて、座り直すことになる。あれ、そっちに持って行ったのか、思いつかなかったよ。
 出版社で編集の仕事をしていた割には、文章は荒く、類型的な比喩しかなく、およそ平凡な人物造型なのだが、全体の仕掛けは見事。そこでもう一度出版年をみると、1973年ともう半世紀ほど前のもの。あの時代には、こういう仕掛けの作品はまずなかった(解説によると、本邦作では最初だとのこと)。よく思いついたものだ。こういう仕掛けをするのはあの時代だと都筑道夫辻真先くらいかと思っていたのに。この文庫の編集者もよくこの作品を見つけたものです(編集者の意見に従って2003年に改訂したとのこと。当時作者は70歳目前!)。元のタイトル「新人賞殺人事件」ではまず読む気にならなかったので、初出のタイトルに戻したのもよかった。
 あと1970年代前半の雰囲気を思い出せたのも、自分には好印象。水曜夜7時半にキックボクシングをTVで見ていたというのは、沢村忠をエースにする中継がTBSであったことだし、アリバイトリックにフィルム式カメラを使っているのもそうだし(いったん装填したフィルムはカメラの裏蓋を開けると感光するので完全に巻き戻さないと入れ替えできない)、700万円という金額も当時は大金(現在価格だと5倍くらいになる)で庶民には見たことのない金額だというのも。