1951年、アラバマ州に生まれたビリー・クリークモア。彼はギフテッド・チャイルド(GC)であったが、通常のGCとは異なる能力をもっていた。勉学やスポーツではほとんどほかの子供らと変わらない。彼にできたのは、死者の霊を感じ、彼らの痛みを引き受けて、こちらからあちらに送る手助けをすること。それは4分の1だけチェロキー族の血を引いた母から遺伝されたものだった。ただ、この能力はふつうの人生を送らせない。彼らは死が迫っている人に黒いオーラを見るが、彼らに干渉することができない。黒いオーラを持った人がどうやって死ぬかがわからないので、何もすることができない。知っているのに何もできないことがビリー達選ばれた人々を不安にする。それでも彼らの能力に頼る人がいるので(あちらに行けない死者を送るため)、彼らは能力を振るわざるを得ない。したがって、彼らは「神秘の道(ミステリー・ウォーク)」を歩むのである。
ギフテッドであることはときに自分を過大評価し、返す刀で他人をさげすむ独我論に陥りやすい。コリン・ウィルソン「賢者の石」(創元推理文庫)や山田正紀「神狩り」(角川文庫)などが典型的。優れた才能が地球を救うという意識や使命が彼/彼女の自己を肥大させるのだ。でも、ビリーがそのようにならないのは、才能が他人にかかわりながら関係を結べないというところにある。ビリーを特権化し、持ち上げるような共同体の中にいられないから。むしろその才能は共同体の不安や恐怖を増大するのであって、おのずと共同体の縁か外にいることになる。実際、ビリーの家族はアメリカ南部の田舎町で、ネイティブアメリカンの末裔であるために、町のはずれで人との往来のないところに住むことになり、ビリーの母ラモーナは家から出ない。ビリー自身も褐色の肌をもつただ一人であるので、高校生になってからは友達ができず、卒業式のあとのダンスパーティにパートナーを見つけることができない(アメリカの男子高校生にとっては極めて屈辱的)。そのうえ、ダンスする生徒たちに黒いオーラを見て動転したビリーはそのことを告げたために、直後の事故の加害者とフレームアップされ、リンチを受けることになる。翌日夜には、町の男らが彼ら一家に逃散することを求める。そのくらいに疎まれ、理解者のない中で、自分の才能の使い方を見出さなければならない。この苦難と苦痛に満ちた「神秘の道(ミステリー・ウォーク)」を歩くことは、独我論には決してたどりつかず、自己のありかたを抽象化したり誰かを模倣したりすることなく、一回かぎりの単独者としてあるく、すなわちトランスナショナルであり続けなければならない。ビリーのあう人々は、彼の言うことを理解せず、ビリーに通じない言葉を送る「外国人=他者(柄谷行人)」であるのだ。
そのうえ、アラバマ州という南部の田舎町は、強い黒人差別の残るところであり、町の男はクー・クラックス・クラン(KKK)に入団するというレイシズムの町である。奇妙なことに小説中では黒人は登場しないので、彼らへの差別や侮蔑は描かれないが、ネイティブアメリカンの血を引く彼らにはレイシズムが向けられる。それにビリーやラモーナの能力への恐怖や畏怖が、共同体からの排除を進める。死に関係し、死者と対話できて、こちらとあちらを行き来できる人は共同体に不可欠であるのに、<穢れ>があるとしてしまうのだ。
このような複合差別がビリーに降りかかる。ビリー自身が選んだわけではないのに、彼は無理やり差別や排除を克服しなければならない(というのを差別被害者に押し付けるのがおかしなことであるが)。ビリーの青春(小説の過半は17歳から21歳までのできごと)は苦難と苦痛に満ちている。凡百の青春小説を超えた厳しさがある。
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2019/03/29 ロバート・マキャモン「ミステリー・ウォーク 下」(福武書店・創元推理文庫)-1 1983年
2019/03/28 ロバート・マキャモン「ミステリー・ウォーク 下」(福武書店・創元推理文庫)-2 1983年