odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「スワンソング 上」(福武書店)-3 アフター・ハルマゲドンで人の選択肢は定住か放浪か集住化の3つだけ。

2019/03/21 ロバート・マキャモン「スワンソング 上」(福武書店)-1 1987年
2019/03/19 ロバート・マキャモン「スワンソング 上」(福武書店)-2 1987年 の続き

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 穴からの脱出に成功した後、彼らはそれぞれの道を探すことになる。まずは、水と食料、休憩所。そして人。ところが、国家が崩壊した状態では、自治体や軍隊による支援が行われない。いきなり、西部開拓時代に戻ってしまった(このときは先住民が移住した「アメリカ人」を支援したのだが、全面核戦争の後ではそのようなことは起こらない)。そのとき、人がとるのは、定住(孤立状態にあり生産手段がないのでいずれ崩壊)、放浪(リソースを探しながら住まえるところを探す。運の良し悪しが将来を決める)、集住化(リソースをあつめて生き残りを図る)となる。登場するグループは2の放浪を選択し、3の集住化を図る集団と接触する。あいにく、いずれも狂気や憎悪にまみれ、他者を排斥するか奴隷にする醜悪な団体であった。数名のクルーでしかない主人公のグループは、徒手空拳で立ち向かわねばならない。
 すなわち、スワンとジョシュはスーパーマーケットで豊富な食料品を発見するのであるが、アルヴィン大帝をなのる狂人たちの死のトラップであり、拘束衣を付けたまま5分で建物を脱出するというゲームを強制される。ゾンビ映画にそういうシーンがあった(というのだが、未見。みたくない)。プロレスラーのジョシュとはいえ拘束衣を着ては、武器を持つ若者に不利である。彼の窮地を救うのは、途中でスワンがえさを分け与えたテリア犬。その活躍が窮地を救う一助になる。
 シスターらは森の奥にある小屋を発見。喧騒をさけて森にこもった男の住まいが、近くの村人たちのシェルターになっていた。リソースは足りず、雪と放射能で外に出られない人々らはラジオ放送にのみ生きがいを感じる。外の人の存在を確認し、それとつながりたい。とりあえずの生活は可能での、閉塞状況に置かれたシスターは満足できない。主人を説得して、最後のガソリンで森を抜けることを提案。途中、オオカミの群れに遭遇する。(シスターの感じたことは斎藤惇夫「グリックの冒険」(講談社文庫)で、グリックが迷い込んだ動物園に似ている。衣食住はあっても自由がない。シスターもグリックも自由を求め、孤立に足を向ける)。
(マキャモンはイヌとオオカミが大好き。たいていの小説に登場するのではないかな。ことに「少年時代」の犬は印象的。オオカミは「狼の時」で大活躍。)
 マクリンとクローニンガーは途中でドラッグをしこたま隠し持つ女性とであう。かれらはグレート・ソルト・レイクの砂浜周辺をアジトにする一団を発見。たまたま大量の食料品と武器を持って生き延びた男が「帝国」を作っていた。帝国の王がクローニンガーを誘惑したとき、ぶち切れたクローニンガーは大殺戮(中学一年生の少年がだ!)。膿んできた右腕をソルト・レイクの塩水につけて癒しをえたマクリンがあらたな王になり、「帝国」を「アーミー・オブ・エクセレンスAOE)」に改組する。ソ連が侵攻してくるという妄想に取りつかれたマクリンはナチスの軍服を着て、東への進軍を命じる。
 以上第6章と第7章の要約。モダン・ホラーの範疇に入る「スワン・ソング」全体で、もっとも暴力描写の激しいところ。
 未曽有の危機において情報が寸断されたときのパニックと排外主義が描かれる。異人である、スティグマをもつ(ことに熱線を浴びたことによるケロイドは禁忌)だけで、かれらは差別の対象になり、無制限の殺戮が許される。というかそれを止める法や治安組織がないので、暴力がむき出しになる。その乗り越えが暴力になるのは、まあこの小説の中では仕方ない。
 この章では、荒野での誘惑とその拒否が現れる。スワンとジョシュは占い師や道化師の家に住まい、シスターは村のシェルターに避難し、マクリンらは持続可能な集団の一員になる。それらは当面の現状維持が可能で居心地の良い場所で、放浪する彼らに役割を与えるところ。彼らは食や眠りや権力などの誘惑がある。しかし、彼らはいずれも誘惑を拒否し、荒野にふたたびでていく。ここは荒野で修行するイエス・キリストにおきたことを想起させる事態。
(さらに、マクリンがソルト・レイクの塩水につかり、膿んだ患部を清めるのは、ヨハネによるイエスの洗礼を思い出せる。水に浸かり、全身を清める行為がマクリンを生まれ変わらせたので。ただしマクリンは狂気をいや増したのであるが。こういう宗教的なシンボルは多数登場する。)
 スワンとジョシュは途中で占い師の家による。他の人が出ていった中、夫の看病のために残った女性は異様な風体の彼らを迎え入れ(最初はショットガンをむけていたが)、歓待する。そのような善意の人にあうのは、「遥か南へ」でも繰り返される。集団は差別と排斥に至るが個人は善意をのこすというわけか。スワンは彼女の導きでタロウ・カード(翻訳はタロットだが、ここは都筑道夫にならってこう表記)で未来を占う。出てくるカードは「運命の輪」「悪魔(真紅の眼を持つ男が描かれている)」「(さかさになった)太陽」「隠者」「剣を持つ小姓」「女教皇」、最後は「甲冑姿の骸骨(死神)」。スワンのこれまでを言い当てていて、これからを不吉に予測する。さらに、道化師の家で鏡をのぞくと、左肩の後ろに不吉な男の姿と、バッグを抱えた女性の姿を見る。これも未来であるのか。マキャモンの世界は奇跡が起こる社会。9歳のスワンは怯え、しかし勇気をだそうとする。ジョシュは「子供を護れ」の予言を何度も思い出すが、その行く末はわからない。
 彼らはひとえに旅を続ける。世界の破滅、国家と共同体の解体において、旅を進める。ここで自分が残念に思うのは、スワンにもジョシュにも、シスターにも、マクリンとクローニンガーにも、その動機や意義は外から与えられているということ。スワンとジョシュには死者の予言が、シスターはガラスのリングによるドリームウォークが、マクリンとクローニンガーはシャドーソルジャーのそそのかしが。内発的ではないのが、ちょっと不満。とはいえ、パフォーマンスの評価を動機に求めるのは誤っている(何をしたか、その成果はなにかで評価しなければならない)。それに外発的な動機であっても、行動が変わらないのであれば、それは内発的であるのと同じだ。
 彼らの顔には、かさぶたともいぼともいえるような斑点ができている。皮膚からはがすことはできない。次第に大きくなっていく。それは何の予兆か。

 

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2019/03/15 ロバート・マキャモン「スワンソング 下」(福武書店)-1 1987年
2019/03/14 ロバート・マキャモン「スワンソング 下」(福武書店)-2 1987年