odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-2

2021/12/03 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-1 2014年


 第2章は20世紀。国民国家の理念である民族自決権を実施すると、ネーションのほうが国家よりも強くなる。それ以降の分析は以下のサマリーを参照。俺にとって重要なのは、100年以上前の分析が21世紀以降の世界のレイシズムの分析になっていること。21世紀のネトウヨオルト・ライトを的確に表現する分析はほかに見たことがない。

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第二章 破局の二十世紀――『全体主義の起源』を読む(後編)
1 国民国家体制の崩壊 ・・・ 国民国家はネーションを同じにする人と法的な市民権を持つ市民が同じであり、ネーションの領域と国家の領域が同じであるとされていたが、実現したのは19世紀初頭に国民国家になったいくつかの国だけ。19世紀後半やWW1後にできた国家はどちらの同一性も持てない。さらに戦禍や革命は領土から離れる人びとを生み出した。国内に少数民族がいて(彼らに同化を強制)、周辺国家から逃れた難民すなわち無国籍者を抱えることになった。WW1後の民族自決権は国民国家の成立を危うくする。これらの少数マイノリティと無国籍者を抱える国民国家は、彼らから三つのものを奪った。ひとつは彼らの人権(人権が人民フォーク主権と結びつき、マイノリティを含めない)。もうひとつは国家による庇護権(亡命者などを国家が保護する)。さらにどこかの政治体に帰属する権利。こうして少数者や無国籍者は法体系からはじき出される。人間をネーションに帰属するという考えはネーションに帰属しないものの人権をなくす。生まれながらに人間に備わる人権という理念が失われる。
(20世紀後半の欧州連合設立の動きからシティズンシップという考えができる。 宮島喬「ヨーロッパ市民の誕生」(岩波新書)を参照。またネトウヨオルト・ライトがマイノリティや移民・難民への差別をする理屈がよくわかる。彼らがネーションを強調するのは、そこから外れる人をを除外することでネーションを「純化」することだし、外すこと自体がネーションアイデンティティを強化することになるわけだ。)

2 「社会」の解体 ・・・ 19世紀は文化価値で形成された階級社会(財産と教養@マルクスで形成されていない)。ネーションの構成員としての平等と所属する小集団の不平等が結合していた。これが19世紀中に解体。貴族が政治的特権を喪失してデカダンスになり、ブルジョワは画一主義と俗物主義に陥る。労働者階級は政治社会から疎外されていた(しかし功労組合を通じて公的社会を形成していた)。文化人は社会の価値を糾弾して社会と敵対的だった。階級社会に変わる新しい社会を支える価値を19世紀は創造しなかった。
(文化人は社会の価値を糾弾するという指摘。なるほど近代文学は成立当初から階級社会の批判を内容にしていた。1830年代のフランス、1850-80年代のロシア、1890-1910年の日本など階級社会が強固な安定性を保っているときに文学は社会批判の急先鋒であった。だが、文学は社会の新しい規範を提示できなかった。一方で、文学は売り上げを大衆社会に依存する。大衆のメンタリティ(下記)を忠実に描写する。それらの結果、階級社会が壊れ、大衆社会になったときに、文学は批判の機能を失う。WW1のあと、欧米文学が急速に凋落していったのがそう。中南米文学が1950-70年代にかけて隆盛したのは、書かれた国民国家に階級社会が残存し、大衆化が進行中だったから、とみなせる。)

3 二十世紀秩序としての全体主義 ・・・ 全体主義は階級社会が崩壊した後の大衆運動。大衆は、共通の利益で結ばれていない、共通のヴィジョンやミッションを持たない、階級意識を持たないアトム化された個人。そのメンタリティは、自己保存意識の退化、自尊感情の低下と無視(自分自身の死や他人の個人的破滅への無関心)、物質的利益の無関心、共同の社会の喪失、日常問題への無関心、反個人主義など。階級社会が壊れたことで生まれた。全体主義は、永続する運動(他人を支配すること)を目的にすること(到達目標はない、示さない)で、大衆を政治的に動員し、献身と忠誠を引き出すことができた。階級社会そのものである政党の力がなくなった(スターリニズムは個人をアトム化することで大衆運動に動員することができた。)
 全体主義は外向けにはプロパガンダ、内向けには教義の徹底化を図る。大衆は故郷喪失者なので首尾一貫性を持つプロパガンダがリアリティの代用品になった。運動の中心にいくほど外部のリアリティから遠ざけられて、教義が作る虚構の世界に埋没できる構造になっている。全体主義が権力を持つと現実を作り替えることができる。内向けの教義の徹底化はテロルの実行の源泉になった(ナチスのSS・SAやスターリニズムGPUが忠実で熱心な党員であったことを想起)。全体主義の方法は永続的な不安定な状態を作り出すこと。特徴的な監視国家、秘密警察、強制収容所は反対派を駆逐したあとに効力を発揮する。国家の構造はあえて無駄や二重性をつくり、仕組みや責任が分かりにくい不安定な状態にした。構成員や運動員は孤立化・アトム化して、横の連帯が生まれないようにする。
フレシチョフ「スターリン批判」(講談社学術文庫)
大澤武男「ヒトラーとユダヤ人」(講談社現代新書) 1995年

4 反ユダヤ主義 ・・・ 19世紀の反ユダヤ主義はそれより前とは異なる。国民国家になってユダヤ人はすこしずつゆっくりと解放され人権や市民権を認定されていき、同化するものも増えた。ユダヤ人は国民国家に依存するようになったが、政治には不参加だった。ユダヤ人を民族として定義できなくなると、「血統」「人種」のようなイメージで定義付けをする(ユダヤ人の在り方は反ユダヤ主義者の考える「民族」概念を体現している唯一のグループだった)。ユダヤ人はスティグマを張られ、同化しても差異化された。20世紀になると政治的反ユダヤ主義が生まれ、世界観ではなく、イデオロギーであり、現実に実践された。このときには現実にユダヤ人がなんであるかは問題にされなかった。
 反ユダヤ主義アドルノ/ホルクハイマーの「啓蒙の弁証法」でも言及されていた。
テオドール・アドルノ/マックス・ホルクハイマー「啓蒙の弁証法」(岩波書店)-2
(中世から近世のヨーロッパのユダヤ人は下記エントリーを参考に。)
堀越孝一編「新書ヨーロッパ史 中世篇」(講談社現代新書)
上田和夫「ユダヤ人」(講談社現代新書)
(これは日本における在日コリアン在日朝鮮人に対する民族差別と非常によく重なる。アーレントは、反ユダヤ主義主義者は、ユダヤ人がネーションと階級に無縁なのに(構成員に認めないのに)、社会そのものの象徴とみなすと指摘する。これは、日本のレイシストが「在日」は社会に属さないものとみるのに、日本社会が「在日」に乗っ取られていると妄想するのと同じ現象。ネトウヨや人種差別主義者の分析にも使える。参考エントリーは以下。
田中宏「在日外国人(新版)」(岩波新書) 
福岡安則「在日韓国・朝鮮人」(中公新書)
朴一「「在日コリアン」ってなんでんねん?」(講談社α新書) 2005年
徐京植(ソ・キョンシク)「在日朝鮮人ってどんなひと? (中学生の質問箱)」(平凡社) 2012年

5 もう一つの二十世紀へ ・・・ 国民国家の解体は人権の終わりと見捨てられた人々を生んだ。そして全体主義の残虐となる。では、解体された現状から再統合する秩序はどのようなものか。すべての人間が諸権利をもつことと「見捨てる」ことがおこらないようにすること。そのためには参加するきっかけがあり、人類という普遍的な理念を共有することが必要。階級社会の政党制が機能しなくなったので、階級的基盤を持たない新たな政治組織である運動に期待したい。運動はナチズムやスターリニズム(あと中国の紅衛兵も)にもなるが、人民戦線やレジスタンスのようなネーションの枠組みを超え、画一性なき統一を達成できる。
アーレント全体主義後の社会秩序を構想した理念は、欧州連合国際連合の理念に継承されているとみた。ネーション=ステートにこだわることがないように、超国家をその上に配置し、少数民族の意見を聞くようにするシステムなどがあたる。以下のエントリーを参考に。
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-1 2007年
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-2 2007年
田中素香「ユーロ」(岩波新書) 2010年
明石康「国際連合」(岩波新書) 2006年
樋口陽一「リベラル・デモクラシーの現在」(岩波新書) 2019年

 

 すべての人間が諸権利をもつことと「見捨てる」ことがおこらないようにすることという理念は上のシティズンシップ制度にみることができる。その国に国籍を持たない人でも一定の要件を満たせば参政権を持てるなど。21世紀には中近東からの移民・難民が増えているが、彼らに対する国家的な支援策をとるところも。アーレントの考えはたとえばアマルティア・センにもみられる。
アマルティア・セン「貧困の克服」(集英社新書) 2002年
アマルティア・セン「人間の安全保障」(集英社新書) 2006年
 アーレントが構想したような運動は、その後に現れたのだが、21世紀になって広範にみられるようになった。日本での運動は政党や支援団体によるものが多かったのだが、21世紀になると、アトム化した個人の集まりで運動が行われるようになった。そういう実態や分析は以下のエントリーを参照。
笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-1 2016年
笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-2 2016年
野間易通「実録・レイシストをしばき隊」(河出書房新社)-1 2018年
野間易通「実録・レイシストをしばき隊」(河出書房新社)-2 2018年
木下ちがや「ポピュリズムと「民意」の政治学 3・11以後の民主主義」(大月書店)-1 2017年
木下ちがや「ポピュリズムと「民意」の政治学 3・11以後の民主主義」(大月書店)-2 2017
 運動もまた弱点はあるのであって、いくつかのイシューごとの集まりなので長続きしないとか、運動の方法やノウハウが継承されにくいとか、議会とのつながりを持っているわけではないので政策に反映されるのに時間がかかるとか。そこは運動の側と政党の側が協調していくやり方をいつも模索することになる。

 

 

2021/11/30 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-3 2014年
2021/11/29 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-4 2014年