ドストエフスキーが書いた創作・手紙以外で、かつ「作家の日記」以外の媒体で発表したもの。このあとでてくる「ヴレーミャ」はドスト氏の兄ミハイルと一緒に出していた雑誌。収録されたものの多くは匿名であるが、のちになってドスト氏の筆になるものと確認された。
(全集別巻「ドストエーフスキイ研究」によると、「ヴレーミャ」は実質フョードルひとりの編集。第1号から「虐げられし人々」、続いて「死の家の記録」が連載された。ここに収録されている文章は雑誌の編集、長編の執筆と同時進行で書かれていた。この時期、ドスト氏は膨大な仕事をしていたわけだ。)
ロシア文学について 1861 ・・・ 序論、ヨーロッパにとってロシアはスフィンクスの謎であり、ロシアにはヨーロッパ理念は移植されないという議論。第1章「・・・ボフ氏と芸術の問題」、「政治と文学」vs「芸術のための芸術」。第3・4章「書物と文盲教育」、民衆と知識人の乖離。第5章「最新の文学現状」、西洋派vsロシア派。ライバルの雑誌に出た論文や書籍などをネタにして、以上の話題を語る。論文には程遠い散漫で冗長な文章。
(なので、以下は読みながら考えたこと。ロシアは18世紀後半から近代化が始まる。文化に関してはフランスを規範にする。ルイ王朝風の王侯文化とフランス革命の自由主義が同時にはいる。それから半世紀たった19世紀半ば。ヨーロッパに対する違和感がでてきて、このときのドスト氏などがロシア主義というナショナリズムを主張するようになる。これは100年あとの日本でも起きたことで、明治政府が西洋化を進め、言語革命(特に書き文字)を起こしてから西洋派の文学ができる。しばらくして西洋のインパクトが薄れると、日本再発見の回帰や「近代の超克」などのナショナリズムが起きる。共通するのは、ナショナリズムで祖国を発見するには、いったんヨーロッパを受容する体験をすること。西洋(に限らず異国)の文化を導入しようとして、それだけでは現実を説明しきれない、変革できない経験がある。そのような西洋(に限らず異国)に対するアンチやカウンターとして「祖国」を発見することになる。ナショナリズムが依拠するネーションは昔からあるのではなく、異国に対する反論や反発として再発見するのだ。これは江戸時代にもあって、異国の学問である儒教(陽明学だったか)が幕府の学問であったので、それに対する反発が国学者にあって、「やまとごころ」「もののあはれ」などの日本古来(とされる)のものを「再発見」したのだた。いったん再発見すると、発見の経緯は忘れられて発見したもの・ことの古さから、ネーションは古来からあるものだと錯覚する。重要なのは、統合のためのネーションはあいまいきわまりない。そこで持ち出すのが、言語と土地(ここロシアではボーチヴァ)。この二点を共有するのがネーションの住人であり、国家の主人となる。以上のような議論をドスト氏は行っていて(とくに序)、ナショナリズムの発生過程をリアルタイムで見ているような感じだった。
文学問題でいえば、ヨーロッパ文学(おもにフランスとドイツ)を洗礼を受けて、自国語で小説を書いた世代(プーシキン、ゴーゴリ、ネクラーソフ)の後継世代になると、小説を書く、それにふさわしい言語を作るという問題から、次の問題が浮かんでくる。それが第1章以降の「政治と文学」vs「芸術のための芸術」、民衆と知識人の乖離、西洋派vsロシア派。これもまた20世紀前半の日本文学が議論した問題。日本の作家はこれらの問題に大量の言葉を作ったが、ドスト氏の論文を読んでいれば、すでに議論済だったのがわかったかも。まあ、ドスト氏の議論はそのままでは移植できないが(それは序で言っていることと同じ)。柄谷行人「日本近代文学の起源」を使って読むことになるだろう。
ドスト氏はペテルブルクのインテリや知識人に、ナロードニのにように民衆の中に入る、生活を共にするだけでは民衆を理解できないと啖呵を切る(これも日本の民衆作家がいったのだろうな)。この論文では揶揄しかしていないが、後の長編で実作した。なるほど「罪と罰」のソフィアやマルメラードフ、「カラマーゾフの兄弟」のアリョーシャに集まる子供たちを読むと、ドスト氏は民衆を描いたと得心する。)
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