odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム II」(日本評論社)

 2016年春の国会で、ヘイトスピーチ規制法の審議が始まったことを受けて、ヘイトスピーチ(以下HS)の法規制の在り方について検討する。


ヘイトスピーチ規制消極説の再検討(奈須祐治) ・・・ HS規制法消極説は、1)表現の自由の侵害(でもHSの表現の価値は低い)、2)国家による言論価値の判定に不安(基準は決められるでしょう、運用で対応)、3)礼節の強制(HSは危害を産むから強制ではない)、4)対抗的言論で対応(不特定多数に向けられるHSには対抗言論が働かない)、5)線引き困難(ある程度の基準は作れる、運用で対応)に分けられ、反論はかっこ内のとおり。
(HS規制が危険になることは積極派も認識しているので、法の運用にも監視と対抗が必要。)

現在の刑事司法とヘイトスピーチ(櫻庭総) ・・・ 現行刑法では、名誉棄損・侮辱、脅迫(これらは特定個人や団体を対象。不特定多数は該当しない)、障害(PTSDであれば認められそうだが、精神的ストレスでは難しい)、集団侮辱罪・扇動罪もなかなか適用がむずかしい。HSの刑事罰には慎重に。法制だけでなく、救済制度、刑事司法への教育、手続きへの被害者参加なども同時にやらないといけない。
(ここでは具体的処罰例はない。なお、「逮捕・起訴されたとしても。法廷がむしろヘイトスピーチのフォーラムとなり被害当事者をさらに傷つける場面も危惧される(P28)」は実際におきてしまった。)
2016/05/17 李信恵さん 対在特会裁判 桜井(たかた)誠出廷@大阪地裁
2016/05/17 李信恵さん 対在特会裁判 桜井(たかた)誠出廷@大阪地裁 - Togetter

ヘイトスピーチに対する民事救済と憲法(梶原健佑) ・・・ 不特定多数に対する名誉棄損はこれまでの判例では認められてこなかった。HSはは何が侵害されているかについては、平穏に生活する権利、内心の平穏、名誉感情などであるとみるが、まだこれからの検討が必要。
(C.R.A.Cさんに教えてもらったが、HSが感情を棄損するという論点は筋がよくない、というのはアンティファなどがヘイトスピーカーを罵倒するとき、やつらの感情は害されて傷ついているから。HSが社会の公正を破壊している点を強調するのが重要。とのことなので、補足。)

ヘイトクライム規制の憲法上の争点(桧垣伸次) ・・・ ヘイトクライム法(ヘイトクライムであると認定された場合に刑を加重する)について。アメリカでは規制法はないが、ヘイトクライム防止法で行為に対する刑の加重ができるようにしている。問題は思考と行為を区分できるか、法は行為を罰しているのかなど。ヘイトクライム法を違憲とする考えもあって慎重な検討が必要。
(日本ではヘイトクライム法はないが、徳島県教組襲撃事件の高裁判決で「人種差別」が認定されて、一審の倍近い賠償金が命じられた。)
在特会の徳島教組襲撃事件に、「人種差別」認定の高裁判決 | ちきゅう座
在特会・徳島県教組襲撃事件(4) - 「東村山市民新聞」の迷宮 - アットウィキ(4月25日の項)

地方公共団体によるヘイトスピーチへの取組みと課題(中村英樹) ・・・ 2016年5月当時では、鳥取県大阪市がある
鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例 - Wikipedia
大阪市:「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」の運用について (…>人権>ヘイトスピーチ)大阪市
 地方公共団体の条例や政策の注意点は、実態調査(立法事案必須)、憲法適合性、地方公共団体にできることの範囲(過料では徴収コスト大、比較的執行コストの安いのは公表)、審査認定機関の設置と運営など。ほかにも公正性の担保、予算、情報開示、当事者参加などにも留意すること。
川崎市がいろいろな取り組みを検討中。差別団体の公園使用を禁止、デモ不許可など。ほかにも動きがあるので、SNSなどでフォローしてください。なにしろ、5月の特集号が2016年11月には古くなっているという進展の速さ!)

[座談会] 理論と政策の架橋に向けて(梶原健佑・櫻庭 総・中村英樹・奈須祐治・桧垣伸次) ・・・ HS規制法の可能性について。論点は、現行法で対抗可能か、不特定多数へのHSをどう認定するか、表現の自由との関わりで慎重に、多数派のバックラッシュがありうる、司法行政による法の過剰適用の可能性、など。他国の事例では、ドイツは刑法130条の民衆扇動罪で規制している。アメリカではHS規制法はないがヘイトクライム規制法があり、ヘイトスピーチ統計法で政府が統計資料を後悔しなければならず、社会的な抑止機能が働いていることなどが紹介。(座談会は2016年3月8日に行われた)


 上のレビューにもメモしておいたが、このとき審議された法律は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」の名称で、2016年5月24日衆議院で可決され成立し、6月4日から施行された。
本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律全文のPDFへのリンク
http://www.moj.go.jp/content/001184402.pdf
 審議の様子は以下を参考。「ヘイトスピーチ対策法、可決成立! 可決時の様子とその後の記者会見 2016/5/24」
ヘイトスピーチ対策法、可決成立! 可決時の様子とその後の記者会見 2016/5/24 - NAVER まとめ
 ほかにも反差別、アンチレイシズムの動きが2016年になってからたくさんでてきている。まとめきれないので、ここでは省略。ともあれ、ヘイトスピーチ解消法が成立・施行され、上記の論文のような問題点をかかえながらも(ぬけているのは、インターネットのヘイトスピーチと公人(立候補者を含む)のヘイトスピーチに対する規制)、運用されている。目につくような効果はなかなかみられないが、少しは現れているし、一方でレイシストバックラッシュも起きている。
 その点でここに収録された論文は、2016年終りの状態を把握するには不十分。そのうえ、著者は路上のヘイトやカウンターの動きを知っているわけではなく、そちらかの情報に疎いので、規制の在り方や運用への提言は穏便にすぎる。2016年終りに国会で論議されたり、SNSで議論されたりするところからはそうとうに後退した内容。最新の情報は別に入手しないといけない。
 あと多くの論文で、ジェレミー・ウォルドロン「ヘイト・スピーチという危害」みすず書房 の議論に言及している。自分は未読。今後読むかは未定。