odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

鹿嶋敬「男女共同参画の時代」(岩波新書)

 21世紀の10年代が憂鬱だったのは、女性に対する差別やバッシングがきわめて厳しく行われたことだ。痴漢には加害者の男性よりも被害者の女性がいじめや非難をうけ、共働きの女性は家で子育てしろと命令され、レイプ事件では加害者は匿名にされたが被害者の実名が出てハラスメントにあい(なので国内で暮らせなくなった)、東京医科大学では女性受験者の足きりが行われた。そのような男性中心、男性優位を維持しようとする動きがめだち、男女平等・同権を進めるのが難しい。
 そこで、ゼロ年代男女共同参画社会基本法の解説を読む。初出は2004年。

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男女共同参画とは何か ・・・ 2000年に男女共同参画社会基本法が施行された。でも、関心は薄く、特に女性の支持がない。理念法でもあるが、保守からの反発(というか拒否)が強いのが特長。
(2000年のころには少子化の対策には仕事と家庭の両立が不可欠といいながら、対策は取られないまま。保守は「平等」の言葉を嫌い(結果の平等を実現する義務を負う企業への配慮など)、固有文化の破壊を言い(保守のいう固有文化や伝統は1890年以降の明治政府の時代に作られたもの)、家族のありかたを変えるのを拒否する。その総決算といえるのが10年代に自民党が作った改憲案。)
企業の男性中心型体質は変わるか ・・・ 労働の現場である企業の状況。一部の企業でジェンダーフリーダイバーシティが進められる一方、多くの職場では女性差別が横行。経営者、雇用者の大半を占める男性が女性を安価な雇用形態とみなしているため。また男性には過剰な仕事と長時間労働を強いて、生産性を低め、自殺者をだしている。
(男が賃金を得て女が家庭を支えるというモデルができて運用されたのは戦後の経済成長期だけ。女性を統計に表れない失業者とすることで男性を完全雇用にした。バブル以降、男性の給与が低下することで、女性のパートは生活のたしから生活の維持に変わる。しかし企業は不正規雇用を増やして、固定費を削減しようとしている。職場の女性差別にしろ正社員の過重労働にしろ、問題の原因は権限をもつ男性にある。「女性問題」とすることは差別の被害者に責任を転嫁すること。)
男と女 仕事と家庭の良好な関係 ・・・ 男性中心、男性優位の精神は男性に深くしみ込んでいるので、仕事でも家庭でも差別・支配・暴力などを受ける。女性の仕事志向・子供の高等教育志向があるが、賃金や支援が見合わないので、少子化や待機児童の問題が解決しない。家族の中で、男女が賃金、休み、家事分担などの取り決めをするのは効果的。
女性差別の問題は暴力や差別の現場から被害者が逃げ出しにくいこと。セクハラ、DVでも加害者男性がその悪質さを認識していないことが多い。社会やコミューンが男性優位にできているので、どこにも男女対等の場所がないというわけだ。ここでも女性問題ではなく、男性問題だといえる。)
動き出した国・自治体の推進体制 ・・・司法が理念法を作り、行政が条例を可決するだけでは世の中は変わらない。変化を進めるには、女性差別や暴力による被害者の苦情や救済申し立てを受け付ける機関が必要であり、とくに変化が必要なところを監視(よりも励ましが重要とのこと)する機能があり、法や条例の影響を評価する調査が必要。その日々の活動をすることが大事。
(これはヘイトスピーチと同じだ。法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社) のヘイトクライムの修復のところを参照。)
共同参画の時代に向けて ・・・ 日本は「変化に慎重すぎる」。ジェンダー主流化という考え(目標はジェンダー平等の達成。sexによる区分をgenderに変えろという考え)。変化を促すためには中間管理職(特に男性)の教育・啓発が必要。


 「男女共同参画」の問題よりも、男性による女性差別の深刻さを深く考える。先に勉強を始めた民族差別・人種差別では、それらの感情(思想ではないよな)による犯罪をヘイトクライムと呼ぶ。女性に対する脅迫・暴言・権利侵害もまたヘイトクライムと呼ぶべきだろう。ことにDVとレイプ、痴漢などにおいて。それくらいに、男性中心型体質は深く男性にしみついている。
 日本が差別に対して「変化に慎重すぎる」というのは、民族差別・人種差差別とも同じ。国連人種差別撤廃委員会では、日本の審査のたびに同じ遅れと消極さを指摘されている。

togetter.com

 さらに、20世紀には日本よりも差別対策に遅れていた国に抜かれているのも同じ。もちろん遅れていた国は海外援助を受け取るなどのために、差別撤廃の仕組みを作ったという面があっても、制度があるかないか、運用されているか否かは大きな違い。
 本書が扱うテーマはきわめて幅広く、新書では個々の問題に対して深く検討できない。企業内の差別、家庭内の差別、マスコミの対応、社会的規範の欠如などは、一冊にしても足りないくらいの問題を持っていて、行政から企業、家庭から社会までの課題を解決していかねばならない。それを網羅するのはとても大変。とはいえ、これからの社会を考えるとき、女性が生きやすい社会を作ることは全員が生きやすい社会になる。なので、「男女参画」というあいまいさを含む言葉から「ジェンダー主流化」「男女平等」で考えていくのがいいだろう。
 俺は日本人の男性という日本社会のマジョリティの一人。なので、本書で指摘される個々のハラスメントの事例が過去の自分の言動にいちいちあてはまるのを発見する。男性の「理解ある」というのは思い込みにすぎず、多大な加害をこれまでにしでかしてきたことを深く恥じる。そして、差別の意識を克服するのが極めて困難であることを痛感する。日々の言動を反省し、情報取得に努め、よりよい振る舞いを実行しなければならない。