時は1792年。フランス革命は恐怖政治に転化し、毎日貴族が処刑されていた。そこに、イギリスの義賊団現る。「紅はこべ Scarlet Piempernel」を名乗る一団が、処刑される貴族を次々とイギリスに亡命させたのである。フランス当局の厳重な警戒も国境封鎖も役に立たない。奇想天外な方法で、彼らの目を欺き、まんまと出し抜いていたのだ。そこで、フランス当局は全権大使ショーヴランに「紅はこべ」の正体を探り、逮捕するように命じた。ショーヴランはロンドンに行き、イギリス貴族の監視を開始する。
中二男子が読みおえたとき、はあ、と唖然としたのだった。「三銃士」「快傑ゾロ」のような冒険アクションを期待したのに、そんなエピソードはちっとも出てこないので。以来、時がたち、唖然とした記憶はあれど、物語は忘れてしまったので、再読する。
ドーバー海峡に面した港町に「漁師の宿」がある。ここにあらわれたのは、アントニーとアンドルーの貴族青年。当地では彼らが「紅はこべ」の一員であることを知らない人はいない。今日もド・トゥルネー伯爵夫人とその子供たちを救うために、むかえることになったのだ。そこにフランスの名女優、今は屈指の富豪であるパーシー・ブレイクニーの夫人となったマルグリート・サン・ジェストが来た。彼女の兄マルタンは熱心な共和党の党員であるが、彼がド・トゥルネー伯爵をフランス当局に売ったという噂があって、伯爵夫人はマルグリートを毛嫌いする。喧嘩寸前になったところに、ショーヴランが現れ「紅はこべ」の噂を知らないかとうそぶく。ここまでで全体の4分の1。
ロンドンに戻るとショーヴランはマルグリートに接近。マルタンを助けるから、スパイになれという。兄のことが忘れられず、愚鈍で鈍感な夫パーシーが頼みにならないので、誘いに乗り、「紅はこべ」が現れる情報を流してしまった。おかしなことに、その時間のその場所にいたのは眠りこけたパーシーのショーヴランだけ。ほっとするのもつかのま、急な用で一週間ほど家を空けるといったパーシーの部屋に忍ぶと、優れた事務仕事のあとがある。あの剽軽で臆病なパーシーが「紅はこべ」だった。それに気づくと、マルグリートはパーシーへの愛が再燃する。
しかし、ショーヴランもその秘密を知ったはず。アンドルーとつかまえて、いっしょにフランス・カレーに行くことにする。宿をとると、そこは網を張ったショーヴランの指令場所になっていた。しかも行先を教えなかったパーシーもいるではないか。どうやら、マルタンとド・トゥルネー伯爵が今回の目的であるらしい。機知で底を脱出したパーシーであるが、ショーヴランは脱出用に船小屋を部下に包囲させた。マルグリートはパーシーいや「紅はこべ」に危機を伝えることができるのか。
物語の主人公はヨーロッパで名声を獲得した女優マルグリートにある。彼女が夫に退屈し、真実を知って愛を燃やし、危機に陥って、助けられるというのがメインストーリー。ラストシーンには夫に抱きかかえられて、脱出用の船に行く。まあ、1905年(初出)当時のハーレクイン・ロマンスです。当時のイギリス(にかぎらずほぼすべての場所)は女性は男性に抑圧されている社会であった。なのでマルグリートの冒険は舞踏会で文書を盗み出すのと、夫のあとを追って一人旅をする(莫大な金を持っているという好条件であったが)のと、二階から盗み見して後をつけるのと、それぐらい。このくらいでも自立した女性象が目立つというわけでした。20世紀初頭には女性は必ずしも男性の言いなりになる必要はなかった。でも、マルグリートなみの行動はまだまだ難しかった。
<参考エントリー> 20世紀初頭ヨーロッパで自立を目指す女性
アルマ・マーラー「グスタフ・マーラー」(中公文庫)
アナイス・ニン「アナイス・ニンの日記」(ちくま文庫)
作者は「隅の老人」でも有名な女性作家。1865-1947年。ハンガリー生まれでイギリス貴族と結婚したので、「バロネス(男爵夫人)」とこれまでは記載されてきた。この表記はよくないというので「エンムーシュカ・バーストウ・オルツィ(オークシー)」なども使われるようになった。過去の名前に慣れているロートルは本来の名前を覚えるのは難しいが、今後はこちらがいいと思う。
クライマックスにユダヤ人が登場する。この人物描写と表現がひどく、差別や蔑視がそのまま書かれている。歴史を鑑みても、どうにも居心地が悪い。現代の表現では当然アウト。なので、21世紀の読者は十分に注意するように。
こんな具合に、物語よりも周辺事項の方が気になる小説だった。
1934年の映画。
1982年の映画。
オペラかミュージカルになっている。音はよくない。
宝塚歌劇や韓国のプロダクションでも、ミュージカルになっている。