odd_hatchの読書ノート

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アントニー・ホープ「ゼンダ城の虜」(創元推理文庫)-2「ヘンツオ伯爵」 民主主義国家イギリスの紳士は封建国家の王にはならない。

2020/04/23 アントニー・ホープ「ゼンダ城の虜」(創元推理文庫) 1894年

 

 あれ(「ゼンダ城の虜 The Prisoner of Zenda」事件)から3年。ルドルフ5世は戴冠し、フラビアと結婚した。しかしフラビアはラッセンディルを忘れられずうつうつとした日々を過ごす。妻に愛されない夫は酒におぼれ、遊びに励む。国王に幻滅したフラビアはラッセンディルへの恋文をしたため、ひさしぶりにルリタニア王国を訪れたラッセンディルに渡すことにした。しかし、辺境にのがれたはずのヘンツオ伯爵はこの情報を手に入れるや、網を張って、手紙を横取りしてしまう。縁故主義の社会ではスキャンダルは失脚、没落の一大事。事情を知ったフリッツとサパト大佐はラッセンディルに出馬を乞う。

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 前作「ゼンダ城の虜」の評判が良いものだから、次作を書いた。ルリタニア王国危機の後日談。再び悪党ヘンツオ伯爵がでてくる。うーん、前作からトーンダウンするのはいくつか理由があって、まずラッセンディルとフラビアの恋愛がないことか。前作で愛を断念したラッセンディルはここでも決心を翻さず、中世の騎士のごとく純潔を範としている。そのために、物語はいかにヘンツオの復讐を止めるかに焦点が集まる。そのうえ、国王ルドルフは威厳のないぐうたらな二代目になってしまって、忠誠の対象にならない。それはラッセンディルに協力するサパト大佐やフリッツが明かしていることであって、ルドルフよりもラッセンディルが王にふさわしいと考えているところからうかがわれる。どうしても周辺がラッセンディルをあがめている間に、この快男児国難排除を目的にする抽象的なヒーローになってしまって、感情移入ができない。
 手紙を手にいれたヘンツオは国王ルドルフに直談判を申し入れる。受け入れた国王はすぐにヘンツオの悪だくみを見破るも、追い詰められたヘンツオは国王を射殺してしまう。ヘンツオは逃げおおせ、サパトとフリッツは国王不在という事態を避けるための策略を考える(ルドルフには子供の、兄弟もいない)。彼らの提案はラッセンディルを王にしつらえることであるが、ラッセンディルはヘンツオへの逆襲以外の興味はない。フリッツらがへまをしたのは、ルドルフに似ているラッセンディルが民衆に顔を見られ、いないはずのところに王がいるという噂を立てられたこと。
 ついには噂の真偽の確認に訪れたヘンツオとラッセンディルが運命の再会。おのれの剣の腕だけを頼りに、熱くたぎった心を剣先に代えて打ち合うのである。
 ラッセンディルはイギリスの田舎貴族の次男坊。将来に展望はなく(領地もないし議員にもなれない)、そのまま世の果てで老いさらばえるだけであった。たまたま国王と瓜二つと言う顔貌を持っているために、冒険にでることになる。イギリスにとどまれば憂いと怠惰につぶされるところを3か月二回の冒険に出ることができ、人生の意味を底に見出せた。愛よりも一瞬にかける眩さこそが彼の欲しかったものであろう。それを体験すること自体が彼の喜びなのである。
 なので、ラッセンディルは国王になることを固辞する。騎士道小説やゴシック・ロマンスではありえないような選択をすることは作者が近代人であったのか、民主主義国家イギリスのモラルに則ったものか。冒険を終えた英雄はいかに生きるべきか。その解答がここにひとつあるが、その選択はいささか物悲しい。
 という小説であるが、読後の印象は前作に比べて薄い。手紙奪還、スキャンダル阻止というミッションは国王奪還というミッションにくらべてせせこましい。部下が二人しかいないヘンツオ伯爵は悪党というには小粒。なにより、ラッセンディルとヘンツオの邂逅は一回だけであるのが物足りない。一度ラッセンディルはコテンパンにのされる必要があったのに。19世紀の小説(1898年初出)は説明の冗長さに比して、物語のテンポが緩いのが難点であるが、これもその例にもれない。

 

    

 どうでもいいことだが、この古い冒険小説を読んだのは、都筑道夫が「翔び去りしものの伝説」のあとがきに次のように書いていたから。

「ヒロイック・ファンタジィを書こうとして、私は躊躇なく「ゼンダ城の虜」を下敷にえらんだ。そこへもうひとつの少年時代の愛読書を、つけくわえようとも計画した。「西遊記」である。ありていにいえば、この作品は裏返しにした「ゼンダ城の虜」が、「西遊記」へ移行していって、また「ゼンダ城の虜」に戻ってくる、という構成のもとに、書かれたものなのだ。(徳間文庫)P408」

都筑道夫「翔び去りしものの伝説」(徳間文庫)


 1922年の映画。

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 1937年の映画

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