odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

小泉喜美子「殺人はお好き?」(宝島社文庫)

 1962年羽田空港

アメリカ人私立探偵のロガートはかつての上司の依頼で来日した。上司の妻ユキコが麻薬密売に関係しているらしいというのだ。だがロガートがユキコの尾行を始めた途端、彼女は誘拐されてしまう。ロガートも襲われ、現場には新聞記者の死体が残されていた。ユキコを追うロガート。彼の前には次々と死体が転がっていく...。悲運の女流作家がウイット満載で描くハードボイルドミステリー。」

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 はっきりしないが、ガイは占領軍兵士かMPとして来日経験がある。その前には戦場で日本兵とまみえていたか。ロス・マクドナルドの探偵のように戦争経験をもっている。そういうアメリカ人が<異国>の目で日本を眺める。あいにく日本語を不自由にしないので、作中ではほとんど無国籍アクション映画のヒーローみたいな感じだが。
 ユキコの前歴をおうと、かつて務めていたキャバレーがあやしい。その経営者である中国人が麻薬組織の元締めになっていて、新聞記者はその取材の最中にあった。ガイは新聞記者の妹にあい、互いにすぐにひかれあって、いっしょにキャバレー王を追いかけることにする。その手下に何度も襲われながら、小田原のアジトで最初の遭遇。抜け出したキャバレー王は警察の待ち伏せを巧みに逃れ、あまつさえガイをとらえた後、新聞記者の妹を人質にするといってきた。妹はけなげにも人質になることを承諾。ガイは後を追う・・・。
 作者は軽ハードボイルドが好きだったそうで、ここでもオーソドックスなハードボイルドが展開されている。タフな私立探偵が家庭の事件を調査するうちに、巨悪や過去の大事件が露見。二つの事件を追ううちに、チンピラが脅しに来る(その結果探偵は何度も失神するのだが、本作はちと多すぎる。最初にキャバレー王と出会ったらすぐにのされるのだがら。やはり失神するのは2回までで、ラストの追いかけの直前にのされるというプロットにしないと)。重要なのは、探偵は深刻ぶらないで酒と冗談で場をなごませること。気障なセリフがすぐにいえて、敵対する警官のつっこみに当意即妙のボケでかえす。これは日本人探偵ではできないことなので、アメリカ人を探偵にしたのは慧眼。
 くわえてここには<運命の女ファム・フェタール>のマンハント(亭主狩り)の物語も進行。ユキコに新聞記者の妹、キャバレーのストリッパーと探偵は大もてなのだが、最初に胸をときめかせた新聞記者の妹に忠誠を尽くす。ほかの女性のちょっかいは探偵が騎士道を貫徹するための試練なのであって、それを乗り越えた先には当然ハッピーエンドがある。
 小泉喜美子が雑誌に連載した最初の長編。長らく未出版だったが、1980年に徳間文庫が復刊。宝島社文庫は二回目の復刊。この作は「弁護側の証人」(集英社文庫)の前にあたる。とてもトリッキーで、最後にどんでん返し。すれっからしの読者である俺はその趣向が読めてしまったのだが、初出時ではとても斬新だったはず。すごい力量。著者は60年代(作者は20代後半から30代なかば)に活躍したものの、筆を断ったのは惜しい(70年代にP.D.ジェイムズ「黒い塔」などの翻訳がある)。若くして亡くなったのでしばらく忘れられていたが、最近復刻が進んでいるようだ。60年代の海外派のミステリー作家の高い水準がわかるので、もっと読みたい。

(ほぼ同時期で少し後の都筑道夫「三重露出」の翻訳部分が、この長編のプロットににている。敵のアジトが伊豆半島の周辺にあるところも。まあ、どちらも聖杯探しなので似てしまうのは仕方ない。どちらもこの国にはいってきたハードボイルド、冒険アクションをよく消化して国産に移し替えることに成功した傑作。あと、最後のどんでん返しは、岡本喜八監督の「殺人狂時代」1965年にもあった。偶然のことなのだろうが、いやあ、驚いたな、もう。)