odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

常石敬一「七三一部隊」(講談社現代新書)

 2010年代にめだつ歴史捏造のひとつのねたが「731部隊は防疫給水専門だった(だから人体実験はしていないし、捕虜の虐待もしていない)」というものがある。南京事件や従軍「慰安婦(性奴隷)」否定ほどの勢力はないものの、SNSではしつこく書き込みが行われている。そういうのはみつけたらきつく叱責するようにしているが、つぎつぎ湧いてくるのできりがない。そこで諦めてはだめなので、本書を読んで知識を蓄える。(歴史を捏造する連中との対応では相手と対等な議論をするべきではない。些細な事例を持ち出してそれを全面的に展開するというやり方なので、議論をしてはダメ。歴史捏造をする連中にとっては「議論をした」というのが正当性の論拠になる。なので、上から目線で叱ればいい。)

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 類書に森村誠一「悪魔の飽食」(カッパノベルス→角川文庫)があるが、本書は科学史家の書いたものなので、資料を厳密にあつかっている。森村のは自身の発見の順番に記述するが、こちらは時間の流れに沿った歴史とおりに書かれる。単純化すると、実験研究者になれなかった医学生の落ちこぼれが、陸軍に取り入って生物兵器研究推進を画策する。その結果、満州に部隊ができ、中国大陸に同様の研究をする部隊が複数作られる。生物兵器の開発と防疫のために、人体実験が盛んにおこなわれ、医師たちが捕虜を殺害していった。ときに兵器の有効性を確かめるために野外の実験と実戦を行った。敗色が濃厚になると、戦犯訴追を恐れて、建物と記録を破壊して逃亡。本国に帰国したのち、米軍と訴追回避の代わりに研究記録を提供する裏取引をする。部下の主だったものは朝鮮戦争をきっかけに企業を作ったり(破綻したミドリ十字)、製薬会社に就職したり、大学医学部の教授になった。日本政府は731部隊の追跡調査を行わないし、被害者への補償も行っていない。
 731部隊の問題は
・捕虜、民間人への人道的犯罪。人体実験と称して虐殺したこと。生物兵器を野外実験、実戦で使用したこと。
生物兵器を実戦で使用したことは国際法違反(1925年のジュネーブ議定書に明記。なお、この議定書では製造と貯蔵は禁止していなかった。戦後の生物兵器禁止条約で製造・貯蔵も違反とされる)。
 さらに加えると
・患者などの生命に責任をもつ医者や科学者が捕虜や民間人への虐殺行為を行う。職業の倫理違反。その行為に対する責任追及がなされない。
・敗戦が目前になったところで、施設の破壊、資料・記録の破棄、捕虜などの虐殺などの隠ぺい工作を行う。
・敗戦後、戦犯裁判から逃れるために米軍と取引をして免責される。
・日本政府は、731部隊の調査を行わず、被害者や家族などへの賠償・補償をしていない。
 人道的犯罪の温床であっただけでなく、日本の戦争処理と戦後補償のだめさを象徴する案件。人体実験などでの残虐行為は眼をそむけたくなるほどの酷さではあるが(継続するうちに麻痺して他者への人権感覚をなくす日本の医者や科学者も酷い)、目を背けるわけにはいかない。

 日本の軍人、学者、医者がもった人権侵害や虐殺への積極的関与と隠ぺいは、ハンナ・アーレントイェルサレムアイヒマン」の分析が適用できると思う。