odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

鴻上尚志「不死身の特攻兵」(講談社現代新書) 9回以上出撃して生還した特攻兵からみる軍隊のでたらめと兵士への暴力。

 日本海軍の特攻兵のなかに、1944年10月から翌年3月までに9回以上出撃して生還した下士官がいた。生還したのは、体当たりのかわりに爆弾を投下(固定された爆弾を取り外せるように修理)したり、天候不充分で敵艦を見つけられなかったり、整備不良で帰投したり別飛行場に着陸したりしたからである。若いころに飛行兵養成所(士官学校、航空学校よりも下位にみられる)で練習してきた兵士は、技術に自信を持っていたので、自分が死ぬより繰り返し出撃することのほうが「国益」にかなうと判断したのだ。しかし彼を待っていたのは戦死公報であり(そのため戸籍から抹消)、上官からの罵倒と詰問であった。出撃して帰還した兵士は特別な寮に軟禁されたり、上司からのハラスメントや暴力を受けた。敵の死よりもこのような処罰を恐れて突撃した兵もいたのであった。

 特攻は戦果が出る可能性はないし、戦局を更新する力さえない。理由はプラグマティックなものであって、1.装甲を貫く速度が出ない(飛行機が降下すると揚力が働くのでより速度が落ちる)、2.飛行機は軽く装甲を貫けない、3.満足な兵器を用意できない(布張りの飛行機や練習機で出撃させた。優秀な兵器はベテラン用か本土決戦用)、4.搭乗員の技術の不足(10代の未熟兵が選ばれ、ベテラン兵は圧力をかけて回避した)。そして、1944年10月から始まった特攻に対してアメリカ軍はすぐさま対処法を作り、数か月を経ずして損害が出ないようにしたのだった。損耗は日本軍だけにでた。
 そのために戦果は捏造され、戦死公報は撤回されない。それらは天皇に上聞されるのであり、あとからの訂正や撤回はできないものとされたからだった。くわえて、「天皇のために死ねば神になる」という皇国イデオロギーからみると、天皇のために死なないことは犯罪になるのだった。また兵士の供給源である日本の共同体では、家や村から兵士が出ることは誇りなのであって、死なずに帰ることは恥をさらす(泥で顔を塗られる)ことだった。
 通常、特攻兵は志願し、出撃にあたり逍遥として童子のような笑顔と深い決意であったとされる。しかし、出撃兵や帰還兵の回想をみると、そのような事実はない。志願したという事実になるように誘導され、恫喝され、叱責され、回答を変更させられた。出撃直前でも、動揺し、パニックに襲われたりうつ状態になったりするものが大半だった。そのような兵士の姿を命令した者はみなかった(みせなかった)ので、特攻に対する賛美の物語が作られ、事実が捏造された。いまだに捏造された物語が流通し、皇国イデオロギーを復活させたいものが利用している。
 本書には特攻に抗ったひとたちが数人でてくる。主人公の生還兵であり、木更津基地の若い士官であった。著者は彼らの存在に明るさや救いを見るというが、俺はその見方は誤りだと思う。個人的な努力や勇気で反抗するのには限界があり、進んで抗った人たちに問題を任せ、後方で拍手を送るものは何もしないですむからだ。明治政府樹立からWW2の敗戦までこの国には、しっかりした自由主義(そう、反戦・反政府を最後まで貫くのは強い自由主義者)がない。まともな反戦を主張するメディアがない。彼らを孤立させたことで、戦時中にこの国に反戦運動はなかった。もちろん21世紀に生きる俺は過去の特攻命令に抗いようもないので、できることは皇国イデオロギーを復活させ特攻を賛美する行為に抗うことだ。誰かのひとりに任せないで、<この私>であるひとりが抗うのだ。それが増えて多数派になるように。

 

 戦前の新聞が翼賛体制に迎合したのはシンプルで、戦争賛成・戦域拡大の記事を書いた方が売れたから。唯一、戦争に疑問を持つ主張をしていた大阪朝日新聞在郷軍人会などの不買運動にあって部数が激減。戦争強力に論調を変えたら部数が戻った、とのこと。
 加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」を読むと、明治維新後、日本の世論は戦争賛成周辺諸国を武力で懲らしめるのは当然というものだった。それこそ自由民権運動のころから、大正デモクラシーでも。日露戦争後の日比谷焼き討ちが日本人の心性に一番近いのだろう。軍部が主導し、メディアが煽って、翼賛体制と戦争に国民が巻き込まれていったという面はあるが、それができたのは日本の大衆や民衆に戦争を賛成し日本に敵対する国を懲らしめたいという強い世論があったからでもある。
 明治政府自体が攘夷(外国人排斥と民族差別)を実現する目的の政体だと思う。日本のレイシズムは何となくできたのではなく、国家イデオロギーの根幹。そのプロパガンダがずっと行われてきた。その帰結が特攻という自殺攻撃なのだ。

 

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