odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-2

2021/10/29 米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 2006年の続き

 

 後半はより政治に近い問題になる。人体のパーツが商品化されて(輸血や角膜移植などで古くから使われていた)、グローバルな経済圏を作っていることと経済格差を原因とする人体棄損が起きている。

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4 ヒト胚の政治学―クローンとES細胞研究 ・・・ ES細胞の発見によって、ヒト胚細胞の体外実験が可能になった。

ja.wikipedia.org


 体外で操作した胚細胞は人体パーツに成長させ内臓他の代替物になり、着床させるとクローン人間を生むことができる。これはキリスト教倫理観を持つ国では「ヒトの命はいつ始まるか」という深刻な問題になった。人口妊娠中絶の自由化の問題に絡めて、2004年の米大統領選の争点にもなった。一方で商業化や医療化の有用性から研究を進める意見も強い。そこでアメリカやEUでは、専門家による研究指針の作成や法制化が進められた。
(日本は、官庁が「作文」を作り、専門家は検討する組織を作らず、アメリカの追随をする方向で様子見をしている。これは発展途上国並みの対応。一方、韓国ではES細胞の捏造論文が発覚したが、大学・専門家のみならず国の対応も模範的だった。ああ、ひるがえってSTAP細胞騒動のこの国の処理の貧しかったこと。)
キリスト教倫理観を持つ国では「ヒトの命はいつ始まるか」は大きな議論になるが、日本では「ヒトの命はいつ終わるか」が大きな問題になる。脳死問題がそれ。命の始まりには無頓着なので、中絶反対にならず胚細胞の研究はプラグマティックな判断=研究推進になりがち。)

5 人体部分の商品化 ・・・ 以前から輸血や精子で商品化されてきたが、臓器移植技術の発達で商品化できる部分が増えた。皮膚、骨、心臓弁など。1980年代から法制化でドナーとレシピアントを保護するようにしているが、バイオエシックスインフォームド・コンセントと自己決定は歯止めをかけるどころか、推進するように働く。商品化された人間部分を扱う企業が生まれた。問題は、1.感染事故、2.提供者の人権や健康が保護されない、3.著しい経済格差による国際的な医療・移植ツアーや臓器売買など。医療の地場性がなくなって、国境を越えて医療サービスを受けることができ、地元の貧しい人々のサービスが損なわれている。

6 欧州的秩序の確立 ・・・ 人体部品の商品化という事態をうけてアメリカは自由主義と市場の調整機能にもとづき規制しないようにしているが、欧州では極力抑えるようにし、法制化を進めている。重要なポイントは、他人の侵害から無条件に守られるものとして「人体・人格・人権」を挙げ、ヒト組織に関わる行政庁が実験・検査・加工・保存・配布・市販・輸出入・医療などを統御管理することを進めている。人体の棄損がジェノサイドや優生学、人種差別などの原因になったことを反省することから。
(人体を他人の侵害から無条件に守らねばならないとするところが発見。通常は「人権を侵害するから人体を棄損してはならない」という説明になる。この議論では、未成年に対しては親権者や教育者の庇護権などがでてきて、体罰やネグレクトが容認されることになる。そうではなく、「人体」そのものが他人に侵害されてはならないものだとすると、ことははっきりする。そうすると、ことは医療にかかわるだけでなく、LGBTQの権利や、入管でのネグレクトや暴力までの問題にかかわってくる。自分には大きな啓発。)

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終章 人体保護庁の誕生 ・・・ アメリカ型の自由主義では「人体・人格・人権」の尊厳は守られず、生命倫理(バイオエシックス)は企業側の代弁者になりつつある。アメリカ型の自己決定に対し、欧州では連帯をだしてこれらを守る法整備を行っている。それは人体保護庁という組織になり、研究資金の用途や成果の応用に規制と監視をするようになるだろう。
(日本はアジアにおいて先進国であるから、これから成長する韓国・中国などをリードするようにすべき。しかし政策は無法状態で、縦割り内向きの官庁はシンクタンクとしては役立たずで、アカデミズムは政治に関与することを避ける腰抜け。すると市民がネットを駆使して、集合知を作るべきなのである。2006年の提言を見ると、当時の日本は経済や科学技術においてアジアで優位にあるとみなされていたのだと、ため息をつく。それから15年でいずれにおいても、上記二カ国のみならず多くのアジア諸国の後塵を拝するようになってしまった。)

 

 自分の関心領域と一致する内容。このところ考えている人権やナショナリズムに関しても、「他人の侵害から無条件に守られるものとして人体・人格・人権」や、自己決定に抗する連帯というアイデアは想像力を掻き立てられて、とても刺激的。他の政治領域でも使えるような概念だ。ただ、あまりに広範な領域の情報を集めないといけないので、バイオポリティクスの勉強はなくなくあきらめ。