odd_hatchの読書ノート

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埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第六章 《愁いの王》」-2

2021/06/08 埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第六章 《愁いの王》」-1 1981年の続き

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  矢場は首猛夫に「何をたくらんでいる」と尋ねる。首は「全剿滅(そうめつ)」と答える。すでに津田に「宣戦布告」といっている以上、そのたくらみが暗い情念に基づいた復讐であるらしいことはわかっていたが、さらなる過激化を考えているのか。すなわち、その目的は「死、自分が自身にもたらすのっぴきならぬ死」であり、矢場は暗黒の背景を開いて見せる合鍵、「俺の介添役」というのである。時に狂騒的なほどに饒舌で他人に辛辣な首の態度は、「死」を憧れる肉体嫌悪の表れであるのかもしれない。
 それに対して黒川は「過誤の歴史」を提案する。埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「第三章 屋根裏部屋」-2のときには「逸脱の歴史」といっていたが、それを延長したものか。すなわち「在るもののみがつねにそこにある」という認識が過誤なのであり、在るはないの保証であり、未出現に対する障害になっているのだという。この未出現という観念はここでは深められない。この後の章(とくに第七章)をよむのがいいだろう。

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 この議論は津田安寿子と夫人がボートに乗ることで中断される。夫人の与志はどういう人かの問いに、首は「愁いの王」の寓話を語る。細部を端折って骨格だけにすると、とある国の老王が亡くなり、次に立った王は憂愁の気分が漂っていて、先王の遺産を放棄する代わりに、自分一人だけが居住する城を立てよと命じる。水平線の上に、何人も到達不可能な城。名工は近くの山の木から立方体の巨大な箱を作ったが、設計に致命的な欠陥がある。王は名工に「平らで丸く、丸くて平らな城を作れ」と命じ、名工は「王はすべてのものを捨てたのになぜ捨てぬもの(ここでは城とか王の命とか)があるのか」と反問する。この先は本文で確認。
 ここで「平らは丸い/丸いは平ら」という箴言めいたものがでてくる。シェークスピアの悲劇「マクベス」の魔女のセリフを改変。この相対立する観念が同義になるという逆説がこれ以外にもいくつか出てくる。でも、これがそれほど難しくないのは、首の提起する逆説が時間と空間に関係しているから。われわれの住んでいるユークリッド空間では成り立たないことでも、非ユークリッド空間を想定すれば(それはブラックホールによって宇宙にもありうる、という観測は発表された1981年にはなかったかな)、どちらも「ある」。前提条件を変えることによって逆説や二項対立が解消されることがあるわけで、ここでは在る/ないの二項対立もまた「未出現」「還元物質」「非在」の観念を持ってくることで解消されるとみることができる。数学で虚数imaginary numberを導入することで、数学世界が拡張することに似ている。第一章で予告された「虚体」観念はここまで再現前していないので、このような日常言語で語るしかない。
 津田夫人は「愁いの王(非在の王)」は与志のことかと尋ねる。なにしろ黒川が「与志は自分をつくる自身から自身をひきはなそうとしている。そのために自身に閉じこもっている」と指摘したから。しかし、与志は「これまでの存在のなかにも、これからの存在のなかにもまったくない三輪自身による「自己自身」のまったく新しい、まったく怖ろしい「宇宙はじめて」の創出(P354)」を目指し、彼に同行して考えに考えれば与志が踏み出す「その瞬間」に「離れた二つのものの出会い」があり、「中空にまぎれもなく架かったつかのまの虹のかたち」と現出する。なるほど首がちゃちゃをいれるように「あまりに、つかのま」であるかもしれないが、無限と永劫に相跨るのである。ようやく、存在の暗黒や闇から脱出できるような気配が見えてきた。(この章では、鷗のつくる虹がそれにあたるが、口を利かぬ「神様」以外のだれもみていないので、理解しようがない。)
 その変化・変容の可能性は津田夫人や安寿子を安心させる。

   

    

 

2021/06/03 埴谷雄高「死霊 III」(講談社文芸文庫)第七章 《最後の審判》-1 1984年に続く