odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 人体改変や人体の資源化の技術をどう制御するかを検討する新しい考え方。

 1990年代に完了したヒトゲノム解析ES細胞などによって、人体の交配や臓器提供などが実現できる見通しができた。しかしこれは人間の人体観・死生観に大きな影響を及ぼす。一方で、企業は商用化に向けて研究を加速し、南北や国内の経済格差はマイノリティや貧困者の人体を商品化するようになっている。研究や応用をどこまで行ってよいのか、国家他はどこまで規制することができるか。実際に行われている研究を前に、決めるべきことがたくさんある。論点や規制のやり方を整理する方法としてバイオポリティクスがある。おそらく日本で最初の啓蒙書。2006年初出。
(参考ページ)

www.arsvi.com

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プロローグ ES細胞捏造事件 ・・・ バイオエシックスは西洋先進諸国の価値観でできていたが、それ以外の国が投資するようになって新たな問題が発生。GDPとバイエシックスの精緻さには相関がある。
1 バイオポリティクス―身体政治革命 ・・・ 1990年代に終了したヒトゲノム解析は科学革命であった。これにより人の「内なる自然」が見つかり、人体改変やそれを資源化する試みが始まる。こと人体に関わることであるので倫理やルールの作成が必要となったが、1980年代のバイオエシックスでは対応できない。基盤となるインフォームドコンセントは非西洋国の価値観に相対すると有効ではなく、自己決定をするには情報の非対称性が強すぎる。しかも比較的研究投資が安価であるので、非先進国が参入し、必ずしも西洋的価値観に基づくバイオエシックスでは制御できない事態になった。そこで21世紀にはバイオポリティクス(さまざまな論点があるが、本書では先端医療や生物技術に関する政策論と権力による「生」の支配を主に扱う)がでてきた。
(ヒトゲノム解析は、開始当初は数十年かかると見積もられていたが、自動解析機器の発明普及で十年足らずで完了。21世紀の天文学と同様、技術開発が起こした科学革命で、それ以前の理論先行性という特長をもたない。21世紀の人体改変技術も漠然と考えると、個人の利益にかなうものと思うが、やはり豊かな人々の特権、マイノリティへの制裁と抑圧、それらを統括する国家権力をみないといけない。)

2 科学革命としてのヒトゲノム解読 ・・・ ヒトゲノム解析は科学革命性をもつ。交配実験をin vitroでできるようにし、実験できなかった人間の交配に可能性を開いた。それは大きな可能性を持つと同時に、人権棄損の問題を新たに作り出した。ことにヒトゲノムの商用化によって、利益を上げるグループと差別を受けるグループを創り出す。とくに遺伝子病において。ユネスコが「ヒトゲノム宣言」を発表し、実験・商用化などを規制し、人権侵害に配慮するような内容の勧告をだした。
(この点の対応および社会的な議論は日本では遅れている。)

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3 バイオバンクとは何か ・・・ ヒトゲノム解析の進展は、1980年代に想定されていたバイオエシックスの想定を超えた問題を作り、法整備が遅れた。一方、商業化(生命保険での使用を含む)の要求は強い。議会制では法整備が遅れるので、国の上部機関が基本法案を作成し、各国が承認する形で進めるようにしている。プライバシー保護と技術開発の要求から、一部人権を制限する形でゲノム解析ができるようにし、膨大なサンプルを集めるバイオバンクが作られている。これには企業はアクセスできない。一方、犯罪捜査にゲノムを使うようになり、警察が独自にデータベースを作るようになっている。(東野圭吾「プラチナ・データ」で同じ構想が出てきて、俺は嘲笑したのだが、自分が間違ってました。すみません。)
(この分野でも2006年当時の日本は遅れている。警察のデータベースは新聞記事になるけど特に問題なく進められている。官僚の事なかれ主義(とアメリカ追随)、保守政権の政治化の不勉強が理由なのだろうなあ。)

 

 米本昌平の本は、「バイオエシックス」(講談社現代新書)、「先端医療革命」(中公新書)、「遺伝管理社会」(弘文堂)を読んでいたのだが、いずれも1980年代の本。それから30年を経ると、状況がすっかり変わっていた。ヒトゲノム解析が科学革命(クーンの意味するところとは異なる使い方なので引っかかるけど良しとしよう)であるとは思いもよらなかった。新聞、雑誌、本などで追ってこなかった話題なので、すっかり浦島太郎の気分。

 

2021/10/28 米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-2 2006年に続く