odd_hatchの読書ノート

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熊谷奈緒子「慰安婦問題」(ちくま新書)

 2014年初出。慰安婦問題は解決されていない戦争責任と戦後補償の問題。問題の社会化、日韓の補償事業の挫折などを経て2010年代の状況をまとめる。

序章 いまなぜ慰安婦問題なのか ・・・ 占領地の女性をターゲットにした慰安婦問題が社会問題になったのは1990年ころから。その後の進展をまとめる。慰安婦の実態は
吉見義明「従軍慰安婦」(岩波新書)
戦後補償と戦争責任については
大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」(中公新書)
が参考になる。本書では2010年代のトピックを紹介。
・安倍政権になってから、韓国との戦後補償に関する協議がとまる
・国内では河野談話批判(というより難癖)が起こり、「慰安婦はなかった」デマがでてくるようになった。
・世界各地で慰安婦像が設置されるが、日本の右翼が設置や撤去を求める運動をしている(ことごとく敗北)。
関連事項では、韓国の法廷が戦時徴用工に対する企業保障を命じる判決をだしたが、政府が介入して企業が支払い拒否。ここでもネトウヨ嫌韓・差別の口実にしている。

第1章 慰安婦問題の争点 ・・・ 人数、規模、国籍、軍官民の関与。日本人慰安婦の多くは債務奴隷で公娼婦。貧困で教育がなく、選択の自由が制限。募集、管理に強制性がある。1925年「婦人・児童の売春禁止の国際条約」を批准していながらの制度。背景にあるパターナリズム帝国主義。現在の売春と軍「慰安婦」の置かれた状況は全く異なる。(なお、最近は「性奴隷」「軍性奴隷」と呼称するケースがあるが、「慰安婦」を奴隷と呼べるかは疑問とのこと。)

第2章 慰安婦問題の特殊性と「普遍性」 ・・・ 慰安婦制度はWW2からベトナム戦争時までをみても、ドイツ、アメリカ、フランス、ソ連、韓国にあった。慰安婦は戦場での性暴力の抑止効果はなく、強姦が頻発した。近代の戦争で戦時性暴力が多発したことから、国家は性管理のために公娼制度を作ってきて、最近まで維持された。背景にあるパターナリズム帝国主義慰安所公娼制度をなくすのは社会的な抑制の力。

第3章 戦争責任・戦後補償における慰安婦問題 ・・・ 「(戦争犯罪の)国家間の賠償問題は解決済」というのが日本政府の考え。個人の補償権は消滅していないということで被害者(元捕虜など)の提訴が相次いだ。アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアでは補償権が認められ、日本ないし該当国の政府が支払いに応じた。一方、中国、韓国、台湾では日本は補償に応じていない。極東軍事裁判、BC級裁判で「慰安婦」問題が取り上げられたが、軍政府の関与は立証されなかった。日本軍はWW1ころから国際法を遵守しなくなった。31年満州事変が決定的であり、翌年士官教育から国際法科目が除外された。以後、軍紀違反が続発、捕虜への暴行・拷問などが日常的になる。

第4章 アジア女性基金は道義的責任を全うしたか ・・・ アジア女性基金の評価。詳細は大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」で。同時期のドイツの「記憶・責任・未来」基金との比較。ナチ時代の強制労働被害者への補償。半官半民による運営で2001-2009年に活動し、補償を終了した。関係国との協議、被害者との対話、国内の周知と教育などがうまくいった。(やはり社会的合意形成が重要。いまの政府や官庁、社会にレイシズムが蔓延している日本ではまだまだだ。)

第5章 性暴力問題のパラダイム転換―道義とフェミニズムによる挑戦 ・・・ 女性への戦時性暴力を人権違反とみなすようになったのは1990年代から。ユーゴ内戦やルワンダ民族浄化などで強姦が人道に対する罪として裁かれた。注目するアクションは女性国際戦犯法廷極東軍事裁判で裁かれなかった戦時性暴力や強姦などを戦争執行者と国を被告にして民間法廷で裁いた。その証言などで、被害者が望むことに、加害者の告白や真相の究明などがあった。補償にこれらを加えてもよい。

終章 真の和解に向けて ・・・ 2010年代、日韓ともに強硬になって慰安婦問題の解決が遠のいている。対話を。

 

 最後の章で、日本の側の問題を書いていないのが残念。韓国が経済成長を背景にナショナリズムと自信を深めて強気の外交をするというのであれば、長期的な不況で国際競争から取り残され、少子高齢化で国内経済が縮小していく日本がカルト宗教と排外主義の集団によって国粋主義的な政策をとるようになった。その政策集団の目指しているのは、

「日本人にとっての「解決」とは「終わらせること」です。被害者を黙らせることです。この問題がなかったことになることです」
https://twitter.com/leestraight/status/1272032005941637121

に他ならない。ドイツのような戦争責任をしっかりと教育して、人種差別を禁止する政策がとれていないと、慰安婦問題の解決は極右にかき回されて、ぐちゃぐちゃにされるだろう。なので、対外的な対話と同時に、国内の教育や啓発も必要。
 一方で、慰安婦問題を日本特有の問題としない視点は重要。第4章第5章にあるような戦時性暴力を女性差別や女性の人権侵害問題として、人道に対する罪として見る。そうすると、他国の発生例や補償などと比較することができる。他国の事例から日韓(だけではない)「慰安婦」問題を解決する道筋や考えが生まれてくるだろう。終章のまとめは残念だが、そこに至るまでの記述はとても参考になった。