odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

佐藤優「いま生きる『資本論』」(新潮文庫)

 新聞の新刊広告でよく見る名前の人。有名になった理由がよくわからないので、これまではスルー。これは読む本がみつからないなあ、と書店の棚でため息をついているときにたまたまみつけた。ちょっとまえにフランシス・ウィーン「今こそ『資本論』」(ポプラ新書)を読んだから、その延長で読んでみようかと思った。


 新潮社の主催するセミナー?で著者が「資本論」を紹介する6回の講義をテキストに起こしたもの。手を入れて今の形にしたらしい。「資本論」の紹介というけど、具体的にふれたのは3分の1くらいか。それ以外は著者の体験(おもにソ連共産主義体制が崩壊する過程:これはおもしろい。タバコが通貨になったとか、国家の資産を分配したら官僚とマフィアが大儲けしたとか、すさまじいインフレでも互助社会のおかげで窮乏しなかったとか)と、さまざまなアドバイス(あまり役に立たない:講座派と労農派の論争を知っておくといいといわれてもねえ)。
 著者の「資本論」の読み方は宇野弘蔵のやり方。原理論を取り出して抽象化しようとする内容で、そうすると資本主義から共産主義への必然的転化はないとされる。革命の必然性も理論からは除外。なので党関係者の評判はよくなかったという。1980年以前は異端の読み方で、80年代には多少評価があったような記憶がある。ともあれ簡単に手に入る本はなかったが、21世紀には文庫で入手可能。
経済原論(岩波文庫
経済学 上下(角川ソフィア文庫
資本論に学ぶ(ちくま学芸文庫
社会科学としての経済学(ちくま学芸文庫
 著者によると柄谷行人は宇野理論の系譜にある人だそうで、「世界共和国へ」なんかに顕著なんだそうだ。
 俺はかつて引きこもっていた時に、「資本論」第1巻(岩波文庫1-3巻)を読んだことがある。その時の導きの糸にしたのは
岩井克人「貨幣論」(ちくま学芸文庫)
吉本隆明「マルクス」(光文社文庫)
柄谷行人「マルクス その可能性の中心」(講談社文庫)
 これらを思い出しながらとりあえず通読したことがあるので、本書に書かれている内容で啓発されたところはあまりなかった。メモしておくのは
・国家と市場は別で、官僚は市場に寄生して労働者から収奪している(にもかかわらず市場を制御する権力を持っている)。
くらいかな。あと資本の自己運動あたりの説明はマルクスや宇野の記述ではわかりにくいが、企業の損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)を思い浮かべるといっぱつでわかる。近経の基礎部分や企業アカウンティングをおさえておくと資本論の理解は進むのではないかな。本書にあるように「資本論」はリカードシュンペーターに依拠しているといっているのだし。
(ついでにいうと、マルクス主義から設計主義と革命を取り除くとリベラリズムに接近するという指摘がある。橋本努「経済倫理 あなたは、なに主義?」講談社選書メチエ。下の感想も加えると、著者はネオリベにちかいのではないか?)
 著者は資本論を読んで今後の社会を展望せよというのだが、示唆するのは、資本家が馘首できない専門家になれ、贈与や互酬の共同体を作れ、あたり。資本主義の労働搾取には手を付けず、競争のトップから20%くらいに入っていろということか。「いま生きる」で伝えたいメッセージはこれくらい。マルクスの社会変革の意思をなしにして、現状維持を志せというのはいかにも体制受け、資本家受けしそう。市場と国家だけで物事を見るとこうなるのでしょう。