odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

カール・マルクス「経済学・哲学草稿」(光文社古典文庫)-1 マルクス26歳の時のメモ。人間と自然の関係は、近代の賃労働によって「疎外」される。

 マルクス26歳のときのメモ。一冊の本に仕上げる予定だったのが、途中で放棄。出版されたのは死後49年たった1932年。最後が執筆用のメモになったり、ページがまとめて紛失していたり。そのうえ26歳の若書きは後年の緻密で重厚な考えからすると、とりとめなくて、あっちこっちに行き来し、論理の途中を飛ばしたり、感情のほとばしりをおさえられなかったりする。まとまった考えが開陳されているわけではない。カール君、若かったねえとほほえましくもなったりする。

 専門の読み手ではないので、思いついたところをメモふうに残す。
マルクスは経済学を自分で作ったのではなく、国民経済学の批判として始めた。リストの国民経済学だけを批判対象にしたのではなく、アダム・スミスリカード、ミル、ケネー、セイなどが引用されているので、ひろく古典経済学全般が批判の対象になっていると思う。なので、古典経済学の基本を知っておいたほうがよい。

・第1草稿の賃金、資本の利潤、地代は「資本論」でより充実した理論を読めるので、ここはほどほどに。

・しかし、第1草稿の「疎外された労働」は重要。のちの本でここが展開されたようには記憶していないので、マルクスの考えを聞ける貴重な機会。「疎外」の概念が詳しく説明されていないので、このメモでは適当に。マルクスは「原始状態は何も説明しない」といって、労働(に限らず賃金、地代、資本など)の歴史や起源には興味を持たない。それらが生まれる形式のほうを考える。そこでマルクスは「自然」概念をもってくる。自然は「労働が現実化する素材、力を発揮する素材、生活手段を提供」し、人間の非有機的な肉体であり、人間の肉体的・精神的生活が自然と結びついている、とする。ここはとてもユニークなアイデアで、デカルト以来、自然は人間の<外>にあって、没交渉であるか敵対的であるか素材であるかと考えていた(古代・中世はさてどうか)。ところがマルクスは、自然は人間の肉体的な「延長(これは俺がデカルトから借りた言葉)」であるという。自然と人間の関係をこのように転倒した事例はとてもめずらしい。その意味やのちの史的唯物論との関係は俺にはよくわからない。なおこの議論で「類的生活」「類」が頻発するが、ヘーゲル哲学の用語であるらしく詳しい説明がない。調べないままサマリーを書いたので、以上には間違いがあるかもしれない。
 この人間と自然の関係は、近代の賃労働によって「疎外」される。労働そのものが強制であり辛苦であり、個人の欲望や欲求と無縁であり、他人に帰属することであり、他人のものを作ることで自己自身を喪失させる。つぎに、労働すると生活手段(すなわち自然)から切り離され、自然が外界となる。さらには労働で生産した商品は生産者から独立した力として登場し、労働者とは無関係になり、すなわち労働が「対象」化されて労働の価値が低下する。それらの総体が「疎外された労働」となる。で、労働を命じる生産に従事しないものが生産活動と生産物を支配する。それが私有財産の原因であり、疎外された労働が資本に転化することである。議論はここで終わり。マルクス私有財産を社会的財産と対比している。社会的財産は社会的共通資本(@宇沢弘文)とみなせるので(たとえば「共産党宣言」などを参照)、私有財産は資本や金利生活者の所有物あたりとみなせる。反共は私有財産を個人の生活用具にまで拡大解釈するので注意すること。
(「自由」という言葉をマルクスが使うことはめったにないが、本書では何度か出てくる。そこでは強制から自由の意味で使っている。なお、マルクスの「自然」「疎外」は以下のエントリーを参照。
吉本隆明「マルクス」(光文社文庫)
柄谷行人「マルクス その可能性の中心」(講談社文庫)

・第3草稿「私有財産と労働」に補足がある。労働は、限定された、特殊な人間の外化である(ということは人間がやることは労働だけではない)。かつては外化でものを作って労働者は所有できたが、賃労働ではもの(および商品化された労働)の売り渡しによって、私有財産がつくられる。すなわち労働を売り渡した労働者は貧しくなり、自然から疎外され、労働を購入した資本家は私有財産(というか資本)を増やす。文章の大部分は国民経済学の罵倒。
(労働が商品化される。労働は資本の経営する工場などで売買され、労働市場でも売買される。それが資本の蓄積になる、ということかな。マルクスは起源や経緯に関心を持たないので、どういう状況で労働が資本に転化するようになったのか歴史的経緯がわからない。あと、経済学の用語が20世紀のものと違う、日常言語を特別な意味を持たせた専門用語にしているので、混乱するなあ。とくに「私有財産」「資本家」「労働者」。いずれもマルクスが特別な意味を持たせたことば。これを日常言語と思うと混乱する。というか、のちのマルクス読みは誤解したと思う。ここらを整理して、書き替えたものはないのかしら。うえの吉本隆明マルクス」がそれかな。吉本によると、「資本家」も「労働者」も象徴で、社会的な実在ではないとされる。同意。)

 


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2022/06/13 カール・マルクス「経済学・哲学草稿」(光文社古典文庫)-2 1932年に続く