odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

林茂「日本の歴史25 太平洋戦争」(中公文庫)-1 226事件終了後から敗戦まで。1936年から1945年までの10年間。日本型経営システムが破綻していく。

 226事件終了後から敗戦まで。1936年から1945年までの10年間。

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 東アジアに日本主導のブロック経済圏をつくり、先進国の仲間入りをすること。これくらいが日本の国家目標であって、ブロック経済圏構想はおもに陸軍によって実施運営されることになった。軍事には強いが、それ以外には疎い軍隊が経済圏を運用しようとするとき、明治維新以来のナショナリズムを克服できず、民族差別・人種差別となって現れ、種々のヘイトクライムを引き起こした。象徴的なできごとが南京大虐殺
ブロック経済圏の運営を一元的にする試みはなく、満州・中国・ベトナムインドネシア・タイ・フィリピンなどの占領地行政は、占領した軍隊に任された。統合する省庁ができたのは昭和18年以降。そのうえ、資源獲得をうたいながら、占領地から日本本国にはほとんど原料が送られなかった。)
森本忠夫「マクロ経営学から見た太平洋戦争」(PHP新書)
 ここからは日本の<システム>@カレル・ヴァン・ウォルフレンが稼働していくのがよくわかる。政治や経済を少数のグループが掌握し、反対派を排除するに成功するも、集団のビジョンやミッションは共有されていない。グループ内のさらに小集団が派閥争いで主導権を握ろうとする。しかしどこかが実権を奪おうとすると、抗争しているほかの小集団が大同団結して阻止し、小集団間の抗争状態に戻そうとする。陸軍が大きな力を持っているとしても、海軍の人事に口出しできず、元老と宮内庁グループを巻き込むことはできない。それは大政翼賛会に合同した政治家でも同じで、有力な指導者を出すことはなく、派閥と利権争いを始める。それは政治や経済の運営を不合理にすることで、無駄・無理が生じてばかり(国家総動員体制ができて、配給制になったとき、有力大規模軍需産業には過大な資材が送られ、産業は一部を闇に流して不足資材を購入していたという)。
全体主義国家は経済を統制したがるが、成功した事例はまずなく、ソ連ナチス大日本帝国など失敗ばかり。経済統制の不合理・無秩序はどの統制国家でも同じ。一方。アメリカやイギリスはWWII時期の戦時統制をうまく運用する。ただ長引くと、高い税率のための国民の不満が起こるので、長続きしない。)
 その結果、会議ばかりになり(この時代の歴史記述は閣僚や軍隊その他の集団の会議ばかりになる)、会議ではなにもきまらない。問題は先送りされ、棚上げにされる。会議の参加者は席上では無言か建前ばかりをいい、会議のあとで愚痴をこぼし、根回しや説得のために暗躍する。決まらないし物事が進まないが、解決のためにできることは、組織の人事をいじるか、統括組織を新たに作るか。もともとの組織が派閥のバランスを意識したものだから、トップを変えても部内と部間の反目は解消せず、新しい組織は二重作業を発生させた。その結果起きたのは、下部組織の独断専行であり、上部決定機関の無責任状態。日華事変の開始からノモンハン事件、ミッドウェイ、インパール作戦など枚挙にいとまがない。
 ビジョンがないこと、共有していないこと、小集団による派閥抗争で政治が運営されること、下部組織の独断専行を許すことは、物事の決定を機会主義にする。ビジョンや定見がないので、外の状況を見て利益になりそうな行為を選択するのだ。ナチスポーランドやフランス進行が成功しているから英米に宣戦布告し、敗色濃厚になったときに中立条約を締結しているソ連に仲裁を依頼する。個別の軍事作戦ではその種のことが横行。自力で解決できず、他人の行動にまかせたり、後追いをしたり。
 このような日本の<システム>@カレル・ヴァン・ウォルフレンのだめさが集約されているのが、昭和20年の敗戦を決定するまでのプロセス。決められない(責任をとれない)システムの運営者は決定を先送りしてばかり。システムの中にある小集団の争いがおき、抵抗勢力が会議のそとで物事を進める。結局、彼らの上にあるレベルの「聖断」を持ち込まないと決定できない。このプロセスには民衆は無関係。明治維新の権力変更プロセスと同じことが繰り返された。
天皇はこの時代の政治に関与した。226事件の収拾、次期首相の選定、対英米開戦の決定、和平工作など。敗戦決定の「聖断」でだけ政治的決定を行ったわけではない。)

 

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2021/02/19 林茂「日本の歴史25 太平洋戦争」(中公文庫)-2 に続く

林茂「日本の歴史25 太平洋戦争」(中公文庫)-2 戦局が悪化し、物資が乏しくなり、長時間の労働を強要されるようになると、人々の参加意欲は失われるが、日本人は抵抗しない。

2021/02/22 林茂「日本の歴史25 太平洋戦争」(中公文庫)-1 の続き

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 治安維持法国家総動員法によって日本を運営する<システム>@カレル・ヴァン・ウォルフレンの外にいる人たちは、政治決定に参加することができなくなった。選挙があっても、政党が解党してひとつにまとまった大政翼賛会からの立候補者ばかりとなると、腐ったリンゴからどれかを選ぶ程度のことしかできない。それでも反抗する少数の人々を抑圧し続けた結果、人々は口を開かなくなるか、翼賛体制に「自発的に」参加するか。上の意向をくんだ後者の人々が民衆や大衆を威圧する小さな<システム>を作り上げていく。
 日本の<システム>は明治維新のときから、民衆を蔑視・嫌悪している。もともと民衆の支持のない士族・華族をもとに、ブルジョアや軍人たちが寄り集まったものだから。大衆や民衆を信用していないから治安維持法になり、彼らを収奪するために国家総動員法になる。しかし全面戦争の局面になると、民衆や大衆の賛歌が必要になり、民衆や大衆を扇動し脅迫して、戦時統制に参加させる。欧米は民主主義や自由主義が国民を統合する理念になるが、日本にはそのような合理的な理念はない。尊皇という概念とヘイトスピーチを統合のシンボルにするが、その非合理さが<システム>の運営を損なう。典型的なのは御真影教育勅語軍人勅諭などの物神化。神格化された紙きれのために命を失う人がでる。
(大衆、民衆嫌悪は、国内の労働力不足を女性未成年者でまかない、長時間労働を強制するに見える。ほかに、徴兵制は「公平」に行われたために家族制度を破壊し、国内生産性を下げる。技術者、熟練労働者、研究者をいっしょくたに一兵卒にしたので、軍隊の効率を下げる。最悪は、海外占領地での民間人の犠牲強要と自爆特攻。大衆、民衆の命は軽い。しかし<システム>の中の人命は尊重される。)
 戦局が悪化し、物資が乏しくなり、長時間の労働を強要されるようになると、人々の参加意欲は失われる。ただ、それが抗議や反抗で現れるのではなく、怠惰やサボタージュで現れるのが日本人。国内の労働者は最悪の時月間の労働時間が450時間になったが(それって21世紀のブラック企業の労働時間と同じで、過労死の危険があるレベル)、食糧物資が乏しくなった時、買い出しその他の理由で一斉に出勤しなくなったのだって(まあ、東京の3月以降は出勤しても資材や電力の不足でやることがないし)。生き延びた特攻隊員も任務がないかわりに、援助がないから、終日ふてくされていたというし。公共や活動(@アーレント)などを共有していないと、抵抗のかわりに怠惰やふてくされとなって現れる。それがリアルに描写されているのが大岡昌平「俘虜記」)
大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-2
大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-3
 明治維新以来、日本は先進国入りを目指してブロック経済圏を作ろうとしてきた。封建制国家が多い中でいち早く官僚独裁になった日本はブロック経済圏作りに一歩先んじた。国内の統制ができたので、その手法が海外で通用するように思えたが、占領地や植民地の頑強な抵抗にあった。ほかの経済圏からは政治的な平価安とダンピングで反感を買い、対抗処置にあう。その結果、経済圏は安定せず、永久戦争を継続することになった。それが国内の人口と生産性を大幅に下げ、戦争継続ができなくなる。
 そして戦争をやめるに際して、ブロック経済圏構想は廃棄したが、尊皇と反共と民衆嫌悪は維持された。

 

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太平洋戦争研究会「日中戦争がよくわかる本」(PHP文庫) 現地軍の行動や将官・佐官などの言動にきをとらわれすぎて、彼らの代弁者になってしまい、できごとを正確に記述したためにかえって全体像が見えなくなった

 ここでいう日中戦争は1937年の日華事変から1945年の敗戦まで。
 とはいえ、日本軍が中国大陸に軍隊を常駐するようになったのは1900年の義和団事件のとき。以来30年以上にわたって、常駐した軍隊が中国軍と交戦したり、市民に暴虐をふるうことがあったので、1937年を開戦とするのはおかしい。なにしろ日本は中国に宣戦布告していないから。なので、1930年の張作霖爆殺事件以降の日中間の戦闘状況を日本は「変」と呼んで、戦争状態であることを認めなかった。それはおかしいというので、上記事件以降から敗戦までの期間である15年戦争と呼称する場合がある。俺はこちらのほうが実情に合っていると思う。

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 本書は「日中戦争や太平洋戦争の取材・調査・執筆グループ」による一連のレポートの中の一冊。上記期間に関する20の質問に答えるという形式で、記述されている。取材・調査とあるが、文献調査に限られるようで、2006年当時に存命である戦争体験者のインタビューなどはない。それに視点はおもに日本の陸軍にある。日本の政治家、中国の政治家や政治グループなどの記述は少なく、国際政治や経済の話はでてこない。現地軍の行動や将官・佐官などの言動にきをとらわれすぎて、彼らの代弁者になってしまい、できごとを正確に記述したためにかえって全体像が見えなくなる。全体状況で「アメリカは○○の目的でこうした」と書くときに、それを裏付ける資料の読み込みがないので、あいまいな説明が付け加わる。素人の勉強の限界がここにある。
(文庫や新書で読める大多数の日本史が、こういう素人に書かれたものなのは問題。読み込み不足や思い込みがあって不正確。むしろ日本軍の戦争行為を容認・肯定するイデオロギーの拡散目的のものばかり。本書はまだ良心的な内容ではあるが、それでも瑕疵が多くて読むに堪えない。)
 というわけで、ここでの注目は二点。
 ひとつは南京アトロシティ。文献調査で現地にいた日本兵などから証言を引用する。ページの都合で詳細とはいえないまでも、入城以前から虐殺は起きていて、入城後の数日間に膨大な人数が虐殺された。日本軍は記録を残す手間をしなかったので、全体像は不明。
 もうひとつは三光作戦。日本軍は物資(ことに糧秣)を現地調達することを旨としてきた(日露戦争のころはそうではなかったとおもうのだが、いつ堕落したのだ? 追記:シベリア出兵あたりかららしい)。1938年をピークに日本の生産高は落ちたので(経済制裁を受けて輸入が激減し、大量の徴兵が国内労働者を減らすなどが理由)、中国派遣軍はつねに物資不足。くわえて中国軍はゲリラ戦を行ったので、軍の消耗が激しい。そこで取られたのが、殺しつくし・奪いつくし・焼き尽くす三光作戦。「光」はきれいさっぱり何も残らない状態にすることの意味を持つ。そのような作戦(と言えるのか。軍の暴徒化でも足りない)を中国各地で行う。それが1938年以降敗戦までの中国駐留日本軍の姿。そのおぞましい行為が日本兵らの回想・座談などで引用される。本書によると、三光作戦の犠牲者は中国軍将校をのぞいて247万人以上と推定し、今後の研究でさらに増えるという。
 満州に駐留する関東軍とあわせて中国大陸には常時70-100万人の日本軍が常駐していたという。その戦争と虐殺が膨大な中国人犠牲者をだした。
 これを繰り返さないことの責務が日本人にはある。

 

 

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