odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

スコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房)

知っていますか? 「第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、プロレスラーだった」 「世界初のチャンピオンベルトは、1870年に作られた」 「不世出のチャンピオン、ルー・テーズの最後の試合相手は、日本人レスラーだった」 「1950年代にデビューした女子レスラーのファビュラス・ムーラは、21世紀まで現役だった」
一九二〇年代に興行として確立したプロレスは、メディアの変遷と ともに多くの盛衰を経て今日に至った。見世物小屋から巨大ビジネスへと成長したスポーツエンタテインメントの歴史と真実を描く!
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/119221.html

 週刊プロレスを1987年から2005年まで購読した。そのおかげで、ここに書いてあるほとんどの情報は知っていた。もちろん知っていることは自分を優位にすることではない。プロレスファンからすると、チャンピオンの変遷、団体の離合集散、名レスラーの名勝負、レスラーの比較、エンターテイメントとシュートなどに興味がいくのだろうが、ここではそれらはほとんど触れられない。プロレスの内部事情はほとんどないのでマニアやオタクには物足りず、1950年以前の古い歴史と人物に辟易するだろう。
・この国のプロレスは、戦後から語り始められる。進駐軍をターゲットにしたプロ―モーターとレスラーが日本にきた。力道山が相撲を廃業しハワイで特訓し、昭和29年にテレビ放送と合わせて興業を開始した。こんな記述から始まる。舞台をアメリカに移すと、それはギリシャ・ローマ時代までさかのぼってしまう。この国も相撲その他の格闘技の歴史があるとはいえ、プロレスの歴史を江戸時代や神話時代にまでさかのぼることはしないだろう。その点の差異にまず注目。少なくともアメリカのプロレスの系譜を考察するとき、リンカーン大統領の逸話を逸するわけにはいかないというのはユニークだ。
・これまで19世紀のアメリカプロレスの歴史は闇の中、と思ってきたのだが、これをみるとこの国の明治時代を調査することと同じなのだということが理解できた。ああ、そういう時期であれば、まだ資料は残っているだろう。しかし、スポーツは貴族・ブルジョワもやるもの、裸体のレスリングは肉体鍛練にふさわしいという好意的な見方が生まれるまで時間がかかっているので、黎明期の資料は見つけにくい。
・1910年まではレスラーが興業師を兼ねていた。転換したのは1920年代。記載はないが、メディアの発達・交通手段の整備・人口増加・好況などが後押しをしたはず。
・ボクシングの記述のうち興味深いことがあった。初期のボクシングは選手のどちらかがダウンするまでが1ラウンド。勝敗は必ず決した。しかし観客の望むのは、スピード、わかりやすいストーリー、感情移入できるカリスマ。それらの反映で、3分1ラウンド、引き分けたときはレフェリーの判定、というルールが持ち出された。これに対し、多くの観客は反発した。それは、3分という時間制が工場の時間と能率に追われる仕組みを思い出させ、判定が上司によって評価が下される上位下達の命令系統を思い起こさせたから。観客の多くは工場労働者で、レスリングなどの「野蛮」なスポーツに彼らは日常の不満の解消と自分では実現できないことを投影していたのだった。
・1960-70年代はアメリカのプロレスの不況の時代にあたる。これはネットの掲示板で書かれたことであったが、目からうろこの指摘。NWA、AWAWWWFの3団体による群雄割拠とそこを渡り歩く力自慢のレスラー(まるでカウボーイというか西部劇の主人公)の格好よさを見ていたのだが、内実はNWAのトラストが繁栄した1940-50年代の遺産を食いつぶし、下剋上のあった時代なのだった。むしろこの国のほうがプロレスブームで、アメリカのスター選手は日本には出稼ぎに来たのであった。あるいは日本を主戦場(職場)にするガイジンレスラーが生まれたのだった(デストロイヤー、ファンクス、ブッチャー、シン、ハンセンなど)。
・1950年代以降のプロモーターの時代では、60年代のNWAのサム・マソニックAWAバーン・ガニア、80年代のNWAのジム・クロケットあたりが重要か(この本ではサム・マソニックの評価が以外と低い。ここは流智美の視点と異なる。彼がトラストの元締めであり、地方プロモーターの活動を邪魔して健全な競争状態を作らなかったためか)。それでも80年代WWFビンス・マクマホンからするとちっぽけなものだ。この人の提供するプロレスには賛否両論があるのだが、マーケットをひとつにまとめたという手腕にはおそれいる。
・あとケーフェイの由来、シュートとワークの歴史も書かれている。今までのレスラーの自伝、個人史からは読むことのできない情報なので、注意しておこう。これは翻訳の過程で削除されたり、簡略化されたりしているからかもしれないが。
・さて、この国のプロレス史をこのように書くことは可能だろうか。この国はユニークであるのか、普遍的であるのか、という経済や社会体制を議論するときにかならず現れる問題がここでも発生するだろう。
・ちなみにこの本に登場する日本人レスラーは少ない。ソラキチ・マツダ(20世紀初頭に活躍したおそらく最初の日系レスラー)とトシ東郷(ハロルド坂田のこと:映画出演があったから。本家のグレート東郷は登場しない)、アントニオ猪木(対アリ戦のクローズド・サーキットに触れることで)くらい。