odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

斎藤文彦「フミ・サイトーのアメリカン・プロレス講座 決定版WWEヒストリー 1963-2000」(電波社)

 著者は高校生でホームステイしていたころからアメリカのプロレスラーにインタビューしていた。記事を書くと、日本のプロレス雑誌が買うようになり、プロのライターになってからは日本のプロレス試合のレビューも書くけど、むしろアメリカのプロレス情報を紹介する記事を多く書くようになった。1980-1995年には日本の雑誌社が記者をアメリカの常駐させることは無理だったうえ、アメリカのプロレスの試合もめったにTV放送されない(ときどき東京12チャンネルが特番を組むか、ローカルテレビがWCWを放送する程度)。インターネット以前ではファンが情報交換するのは手紙のやり取りか、雑誌やVHSテープの交換によってだった。そのときに、アメリカのレスラーとコネクションを持っている著者は稀有な存在だった。
(変化が現れるのは、衛星放送やケーブルテレビでアメリカのプロレス番組が放送されるようになってから。1996年ころからか。)
 さて、本書のテーマはWWEによるアメリカプロレスビジネス統一の歴史。それまでアメリカのプロレスビジネスはローカルだった。プロレスの興行団体はせいぜい複数の州をまたぐくらいのテリトリー(興行エリア)をもっていて、都市で定期戦を、地方を巡業するというスタイルだった。テレビ放送は戦後すぐから行われたが、放送されるのはテリトリー内に限られていた。PPVも、ネット放送もない時代ではテレビを収益源とする考えがなかった。ファンもほかのテリトリーのことにほとんど関心を持たなかった。
 そこに、WWE(当時はWWF)の若い社長になったビンス・マクマホンがプロレス界の常識に叛旗を翻す。1984年。それから20年もたたない2001年にWWEアメリカのプロレスビジネスをひとつにまとめてしまう。この本からみえる戦略は、ハルク・ホーガンなどのトップスターを中心にしたストーリーを作り、会場の演出を派手にしたこと。既存のプロレスが一夜限りのショーだったのを連続して見続けるような興味を興行団体が用意した(日本ではファンや新聞が興行にテーマや物語を見つけた)。つぎに、メディアの変化をみきわめて、積極的に採用したこと。ケーブルテレビの利用、全国ネットへの番組配給、PPVの積極的採用。21世紀にはネット配信事業にも参入。テレビによるリーチを使って、ハウス(興行)収入だけでなく、PPV番組購入やグッズの販売収入も拡大したこと。そのために、ホーガンは史上最大の名が売れたプロレラーになり、ほかのメインイベンターも誰もが知る有名人にした。
 危機は2回。1990年ころのステロイド裁判。プロレスラーがステロイド漬けになっていて、それが社命であったかもしれないという疑惑。裁判では勝訴(以来、WWEは定期的と抜き打ちで選手の薬物チェックをしている。発覚すると解雇されることもある)。もうひとつは、1990年代後半のTNN傘下のWCWとの視聴率競争。自社のスターの大半がWCWにジャンプ(移籍)し視聴率と興行収入で負けていた。これらも乗り切り、2001年に倒産したWCWとECWの権利を購入し、複数のレスラーを雇用して、メジャーな団体はとうとうひとつになった。世界的に見てもWWEに敵対できるようなプロレス団体は存在しない。
 スポーツビジネスで一つの団体が、選手育成から興行からパブリシティまでを独占した例はない。おそらく21世紀のゼロ年代にはMBAWWEの戦略をケーススタディにした講義もあったのではないか。それくらいに戦略と戦術が豊富で、ライバルとの抗争や社会的制裁を受ける危機の例も多数ある。
 以上の経緯を、著者はプロレスのインサイダーとして描く。TV番組を見て(ときに解説者にもなる)、雑誌を集めるなどして、1984年から2001年までの出来事を丹念に描く。ときにはレッスルマニアロイヤルランブル、サマースラムなどの大イベントを中心に、試合結果を書く。バックステージでレスラーやオーナーが行ったことも資料でフォローする。WWEはマスコミに取材されることを断っているので(自社がコントロールできる情報しかださない)、著者がコネクションをもつ人たちとWWEとは関係ないころのインタビューで補完する。自分は当時プロレス雑誌を読んでいた(時に著者の記事を読んでいた)ので、この記載はとても興味深い。言及された試合のいくつかはDVDで見ているので、著者の解説はありがたい。
(逆にいうと、新しいファンにはマニアックすぎる情報になるのではないかと心配するくらい。過去の試合を見るのは難しいので、言葉だけでレスラーの魅力が伝わるかな。)
 アメリカのプロレスの歴史は19世紀にまで遡れる。それは起源を明らかにしないが、各所で人々を楽しませるエンターテインメントであった。その歴史はWWEアメリカのプロレスをひとつにまとめたところで終わった。リングの上では試合は継続し、チャンピオンが交代し、ヒールがファンを熱狂させるだろう。でもそれはWWEの社内で決まったことが再現される物語になった。一回限りの歴史は、WWEがなくなるまで、停止する。 

 

<参考エントリー>

2011/03/23 スコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房)