odd_hatchの読書ノート

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三木清「読書と人生」(新潮文庫)

 三木清は1897年生まれ(1945年没)。第一高等学校から京都帝国大学に進み、西田幾多郎に師事する。昭和16年にかかれた表題作では、有名人が続出する。京大にいたのは西田幾多郎波多野精一田辺元。同世代には戸坂潤、大内兵衛羽仁五郎、天野禎祐、九鬼周造1920年代のドイツ留学中にハイデッガージンメル、カール・レーヴィッド、ガダマー、マンハイムなどとの付き合いがある。これらの時代の知的雰囲気をしるだけでもおもしろい。これらの人名にはあえて注釈をいれないが、このblogの読者は誰が何をしたか、どんな本を書いたかを調べることを推奨。
 三木清の同世代に湯川秀樹(1907-1981)と伊藤整(1905-1969)がいる。湯川「旅人」と伊藤「若い詩人の肖像」をこれと並べると、大正から昭和にかけての若い知識人の状況が見えてくるようだ。あと京都大学の同窓だった林達夫三木清の思い出」も読んでおこう。この人の別の一面がわかる。*1
伊藤整「若い詩人の肖像」(新潮文庫) - odd_hatchの読書ノート
湯川秀樹「旅人」(角川文庫) - odd_hatchの読書ノート
 歴史にifを持ち込んでもしかたのないことだが、三木の留学先がドイツでなくウィーンだったら。ハイデッガーに師事するのではなく、できたてのウィーン学団と交流をしていたら。のちの悲劇的な人生を回避する視座をもてたかも。(カール・ポパーアドルノなどが同時期のウィーンにいた。彼らはマルクス主義の批判者だった。ポパー「果てしなき探求」から)
カール・ポパー「果てしなき探求 上」(岩波同時代ライブラリー) - odd_hatchの読書ノート
 いくつか気のついたこと。
1920年代に「教養主義」が現れた。これは、それ以前の「啓蒙主義」(たぶん自由民権運動とそのあとのナショナリズムの「雄弁活動」だろう)に対する反動として現れた。主張者は白樺派あたり(あと阿部次郎と倉田百三徳富蘆花かな)。その特徴は、古典を中心にした文学と哲学の受容と、反政治性、共同体志向。このあたりの考えは19世紀のロマン主義の反映。すなわち人生や世界の問題を解決するには現実の政治にかかわるよりも、精神を高次なものにしなければならない。そうするためには哲学と芸術を熟知しなければならない。それらにもヒエラルキーはあり、新奇なものに目を向けるのではなく、古典から学ぼう。
 このような主張の背後には、第1次大戦後の好況があるだろう。反政治性といっても、武者小路の「新しき村」運動や有島武郎人道主義社会主義なんかがあるように「政治的」ではあるのだった。(のちの全共闘運動で教養主義は批判を浴びたのだが、当時の大学教官は大正教養主義を経験していた人たちだったはず。反政治性を主張した人が実は政治的だった、ということかな。また全共闘の政治主義は教養主義を壊したと同時に、自壊してしまって、この国の<知>のレベルを下げてしまったと思う。)
・青年時代に、人は宗教について考えることがあるが、多くの場合は「宗教的気分」に浸っているだけ。その気分はたぶんに「感傷的(ロマンティシズム)」である。宗教を考えることは、感傷的気分から極めてはなれたところにある(「宗教そのものは却って感傷を克服して出てくるものである」P23)。上をあわせれば、教養は感傷にふけることを克服する手段であるのだが、それがなくなったところにある人は、感傷を受け入れてくれるものに安易にとりついてしまう。カルト宗教やえせ科学を見分けるリテラシーを育成する手段として、教養は重要であると思う。

読書と人生 (新潮文庫 み 5-3)

読書と人生 (新潮文庫 み 5-3)

  

 後半はどのように読書をするか。著者が提唱するのは、1)習慣をつけろ、2)濫読をおそれるな、3)精読せよ、あたり。通常、感想文で書かれるのはこの指摘。追加すれば、多読しながら自分の深く知りたい分野を確定せよ、一冊の入門書を速読して自分の知りたい分野を俯瞰できるようにせよ、読書の結果を議論しあえる友人や師匠がいるのは重要だよ、ターゲットの定まらない読書は益少なし、など。今にして思うと、さらにラインマーカーの付け方(赤と青の色わけ)、書き込みの方法、ノートの取り方など、もう少し突っ込んだ技術を開示してほしい、と思った。このあたりの技術書はいろいろ出ているので(自分はあまり読んでいないが)、補完しておきたい。21世紀になっては、PCやモバイルその他の各種電子機器を使った知識の獲得と編集技術を知ることは重要。

 三木清の一部の著作は青空文庫で読めます。
作家別作品リスト:三木 清
 新潮文庫に収録されていたのは、読書遍歴、如何に読書すべきか、哲学はどう学んでゆくか、哲学はやさしくできないか、ハイデッゲル教授の想い出など。

*1:後先になりますが、ここにあげた3冊はいずれ取り上げる予定です。