odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

江戸川乱歩「幽霊塔」(創元推理文庫) 黒岩涙香「幽霊塔」の翻案は同じ話を少しずつ意匠を変えて語っている。

 江戸川乱歩の「幽霊塔」はこれで4度目の読み直しになる。なぜこんなに惹かれるのだろうな。

長崎県の片山里に建つ寂れた西洋館には、幽霊が出ると噂される時計塔が聳えている。このいわくつきの場所を買い取った叔父の名代で館を訪れた北川光雄は、神秘のベールをまとった世にも美しい女人に出逢い、虜になっていくのだったが……。埋蔵金伝説の塔と妖かしの美女を巡る謎また謎。手に汗握る波瀾万丈の翻案大ロマン。挿絵=伊東顕
幽霊塔 - 江戸川乱歩|東京創元社

 昭和12年(1937年)に「講談倶楽部」に連載された長編。黒岩涙香「幽霊塔」(1899年)を遺族の了解を得て翻案したもの。といって、黒岩作もウィリアムソン夫人「灰色の女」(1898年)をもとにしている。したがって、この三冊は同じ話を少しずつ意匠を変えて語っているのだ。差異は、それぞれのエントリーを参照してもらうとして、まずこのストーリーを確認しよう。
 幽霊塔とうわさされる建物にはふたつの伝説がある。ひとつは、建物の家主にまつわること。世情混沌とした時代に資産を保管するために機械仕掛けの建物を作り、首尾よく宝を運び入れたものの家主はそこからでられなくなった。以来、塔には幽霊がでるという。もうひとつは数年前のこと。塔の持ち主が何度か替わった後に独身の婆さんが住む。養女と養子と女中の四人暮らし。ここにおいて、時計塔の下にある部屋で婆さんが殺される。婆さんの噛み切った腕の肉が動かしがたい証拠として、下手人は女中とされる。終身刑の判決の出た翌年に、女中は死亡してしまった。
 さて、ある退職判事がこの塔を購入するところから始まる。判事の甥がこの塔の検分にきたところ、美人が時計を鳴らし、死んだ女中の墓を参るという奇妙な振る舞いをする。しかしその美貌、ピアノの腕に文筆家という多彩な才能にたちまち主人公の「私」は一目ぼれ。許婚のやきもちで、美人と許婚は何度も衝突する。一度は、サーカスから逃げたトラに襲われもしたのだった。「私」は美人にプロポーズするものの一蹴される。かわりに、塔の書斎にあった聖書(そこに図面と詩の書付)を研究しろと謎めかす。
 婆さんの死んだ部屋を自分の住まいとした「私」に奇怪な出来事が。深夜腕が現れるわ、美人の手帳が盗まれるわ、婚約を解消して美人に復讐を誓う許婚が衆人監視状態で失踪し首無し死体として発見されるわ、殺された婆さんの養子が美人の首実検をするわ、老いた弁護士が美人に求婚してほぼ承諾するまでになるわ。無くなった美人の手帳の行方を調べるために養虫園なる蜘蛛の繁殖場にでかけ、囚われの身と成る。危うく危機を脱出すると、養虫園にも美人の痕跡が残され、それはあるマッド・サイエンティストをさしている。
 早速、彼を訪れると、そこには弁護士の先客が。顔をあわせずに住んだが、かわりにマッド・サイエンティストの不可思議な人間改造術を見聞することになる。ここで美人の過去が暴かれ、「私」はすっかり意気疎漏。弁護士の家を訪れると、弁護士は美人から手を引けと命じられる。意気地のなくなった「私」は彼の言うとおりに約束するが、美人と再び会うと、やはり恋心は消えない。弁護士の家を逃げ出した美人を追いかけると、向かう先は幽霊塔。さあ、この場所にはすべての秘密が隠されている。あまり頭のよくない青年の一世一代の大冒険だ。
 最後には、3つの謎、すなわち過去に関する幽霊塔の秘密、婆さん殺しの真犯人、もうひとつ現在に関する美人の正体、が一気に解決され、青年と退職判事の一家に関する不安定な状態が新しい秩序に整い、将来の豊穣が約束される。なんという神話的な大団円。悪人は罰を受け(作者が語るほどの悪人ではないな、思慮が足りなく運に見放された連中だ、すこし憐憫もわいた)、善人は富と幸運を獲得する。もうべたべたなほどのロマンスが展開する。謎の解決があるから探偵小説の範疇にあるといえるが、冒険小説でもあり、ロマンスでもあるのだよ。こういう複数の贅沢な趣向が盛りだくさんな一品。世には「三大奇書」などと喧伝される書物があるが、もうひとつ忘れてはいませんか、と問いかけたくなる。
 「幽霊塔」は角川、春陽、講談社、光文社などの文庫で出ていたと思う。活字の大きさなら光文社だけど、初出時の挿絵がついた創元推理文庫がよい。昭和12年の「美人」がどんな容貌か、美青年がどんな風貌なのかを知るのに便利(そんなものを知りたい人がいるかどうかは知らないよ)。


A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)→ https://amzn.to/434cKuR

黒岩涙香「幽霊塔」→ https://amzn.to/3SVqUd4 https://amzn.to/3T7K7JO https://amzn.to/3uH8aWo
江戸川乱歩「幽霊塔」→ https://amzn.to/3SQOkQy https://amzn.to/3wqgwT3

 以下の「幽霊塔」のさまざまな変奏をお楽しみください。
2011/05/10 黒岩涙香「明治探偵冒険小説集1」(ちくま文庫)「幽霊塔」 
2011/05/11 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)
2018/02/16 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-2 1899年
2018/02/15 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-3 1899年
2018/02/13 A.M.ウィリアムソン「灰色の女」の映画、出版に関する情報まとめ 1899年

<追記 2015/6/14>
 宮崎駿の装丁画を収録した新装版が岩波書店からでたので、紹介しておく。

黒岩涙香「幽霊塔」江戸川乱歩「幽霊塔」→ https://amzn.to/3wwXUR2

<追記 2016/10/24>
 テレビ番組のクイズにこの小説が出たそうなので、ゲストの皆様に初出時の挿絵をご紹介しましょう。ヒロイン「野末秋子」嬢。昭和12年の美女はこういうもの。上の岩波書店版表紙と比べてみてください。