odd_hatchの読書ノート

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A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-3

2011/05/11 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)
2018/02/16 A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社)-2 1899年

 続いて後半。テレンスくんの大冒険が始まる。

第3部(第20から24章まで): ミス・トレイルが怪しげな男と話をしている。テレンスは尾行し、途中、汽車の事故にあって、男、ジョナス・ヘックルベリ(ミス・トレイルの兄)を救う。ジョナスの家は「蜘蛛農園」と呼ばれる。ワイナリーで貯蔵するワインボトルの年代を偽造するのに使うのだ(蜘蛛の巣があると古く見える)。その農園に向かう医師に邪見にされたので、忍び込むと屋根裏部屋に閉じ込められる。一緒にいるのは白痴の子供。いきなりベッドが落ち込んで、上にいた白痴もろとも下水に流される。肖像画の周りをぶち壊して脱出すると、ジョナスの寝室。そこで取引をして、灰色の女の謎を知るレペルの名を聞き出し、テレンスは逃げ出す。
(屋根裏部屋には「生きている肖像画」があり、なにか監視されている感じがする。というのは、アニメ「カリオストロの城」に出てくるので、思い出すように。この「蜘蛛農園」には灰色の女が来た形跡がある。彼女の匂いであったり、女囚の服であったり。ここでテレンスはコンスエロに対する思慕と疑惑の両方を持つことになる。なかなか愛は成就しないねえ。とはいえ、この暗闇の幽閉体験、そこからの脱出は、テレンスを大人にするための試練。それまで受け身であったのが、ここから謎と恋に対して積極的に取り組むようになる。象徴的な出産、あるいは死と再生、「成長の儀式」といえるのかしら。)

第4部(第25から27章まで): 留守中にウィルフレッド卿の具合が突然悪くなる。付き添っていたのはコンスエロ。ポーら失踪にも関係している思われ、嫌疑はコンスエロにかかる。刑事の追求を遅らせるために、テレンスは3日の猶予をもらい、パリのルペル医師を訪ねる。そこで知ったのは、コンスエロがフローレンス・ハインズであること。驚愕するテレンス。ゴードン弁護士が無実の証拠を持っていると考え、訪れるとそこにはコンスエロの姿が。怒りと失意をぶちまけたのを聞かれて、テレンスは三行半をくだされる。フローレンス=コンスエロは無実であり、どちらが彼女の助けになるかとゴードンが言い出し、テレンスは身を引くことにする。フローレンス=コンスエロの無実の証明のためにアベイ館に向かう。
(20年前の女中頭殺人事件で収監されたフローレンスの頼みで、監獄の付属医ヴァレン医師(蜘蛛農園にいる医師)がゴードン弁護士を通じて、彼女に人体改造術を施したのだった。ここは当時の医療で可能なことをあいまいに書く。涙香版ではオカルト風な味付けがつき、乱歩版ではできる限り精密に書く。三者三様の趣味に注目。ルペル医師の部屋は地下にあり、叡智は地中のオールドワイズマンがもっているという神話的な構造がある。あわせてテレンスにとっては冥界にいった愛人を救済するために後を追いかけるオルフェオ神話をそのまま繰り返している。ここでテレンスが挫折し、コンスエロが愛を拒絶するというどん底がある。それは次の最終場面で大きく跳躍するための力になる。)

第5部(第28から31章まで): アベイ館に戻る途中、隣の家でテレンスはポーラを見つける。問いただすと、ヘインズ・ハヴィランドが仕組んだこと。部屋には秘密の扉があり、ヘインズが用意した身元不明の死体にポーラの服を着せて濠に沈めたのだった。そのうえ、20年前のヘナもヘインズ・ハヴィランドが犯人だという。自分の部屋についたテレンスはアモリ―問答を思い出す。すると、部屋の上に時計塔に通じる小部屋がありそこの時計盤こそ入り口を知れる。なかなか開かないのにじれながらも、ようやく潜入すると中はまっくら。そのうえ深夜で嵐に稲妻。真っ暗な中手探りで上下に進むと、古いヘンリー7世(1485-1509在位)時代の服を着た骸骨が鍵を握って転がっている。その先には失神したコンスエロがいる。懸命に介抱すると、この先に財宝があるからというので、骸骨の鍵をとって進み、大きな箱を発見。大量の財宝を発見。再び部屋に戻ると、ヘインズ・ハヴィランドが死んでいる。もともと心臓が弱かったところに、マングースや稲妻のショックが加わったと見える。回復したウィルフレッドが現れ、さらにゴードン弁護士、マーランド探偵も集まる。コンスエロの最後の秘密があきらかに。ゴードンは男らしく身を引いて、愛の表情をうかべたコンスエロがテレンスの前に歩み寄ってきた。めでたし、めでたし。
(最後の時計塔はそっくりミノタウロス神話。迷宮、途中で待ち受ける試練、迷宮の中心にある宝。それを取り戻し地上に持ち帰ることによって、世界が安定を取り戻し、豊穣な生産性を回復する。謎はすべて解明され、世界にはあいまいなところもない。害をなす怪物や悪漢も存在しない。そして主人公は英雄になって、名声や愛や富を獲得し、世界の中心にしっかりとして礎を築く。テレンスくんは頼りなくみえるが、イギリスの上流階級ではあのくらいの積極性があればよいのでしょう。)


 19世紀の探偵小説や家庭小説はそれほど読んでいないが、これは抜群の技法によって書かれている。前半にちりばめられた謎はすべて解明され(探偵や推理の妙味には乏しい)、謎めいた人物の意図や役割も最後には明らかにされる。「灰色の女」の登場によってアベイ館とその関係者に訪れた混沌は、最後にはすっかり晴れる。主人公に種々の危機が訪れるが、基本的に自分の力で脱出に成功する。その間に主人公も自立意識ができて、ぼんやりした愛情がしっかりした愛に昇華して、たくましく成長する。ここまで綿密に書かれた19世紀のエンターテインメントはないのではないか。できることなら、文庫になって、三種類の「灰色の女」の変奏を並べたいものだが、どうかしら。
(追記: とくにコンスエロの造形について。女性作家が見る女性と、男性作家がみる女性の違い。涙香では、コンスエロ(松谷秀子)は慈愛や救済の象徴になっていて、いつまでも謎めいている。あるいは母や妻の役割を期待されている。一方、ウィリアムソンが描くとコンスエロは経済的に自立して、男性社会に風穴を開けるようなリーダーシップ(控え目ではあるが)を発揮している。ウィリアムソンから見ると、コンスエロのような女性が新しさを持っていたと推測するが、涙香の日本ではそのような女性を想像するのが難しかったのではないか。あるいは男性のもつ自分の優位性が反映されていたのではないか、などと妄想。)
 解説によると、コリンズ「白衣の女」の影響を受けているということ。いずれ「白衣の女」を読み直すだろうから、そのときには比較することもあるだろう。(追記:読みました)
2018/02/27 ウィルキー・コリンズ「白衣の女 上」(岩波文庫) 1860年
2018/02/26 ウィルキー・コリンズ「白衣の女 中」(岩波文庫) 1860年
2018/02/23 ウィルキー・コリンズ「白衣の女 下」(岩波文庫) 1860年
 と、大絶賛したいのだが、19世紀の小説の冗長さはいかんともしがたく、なんとももどかしくはがゆい会話を延々と読むのは時につらい。てっとりはやく読むなら涙香版や乱歩版のほうが楽しめるだろう。

2018/02/13 A.M.ウィリアムソン「灰色の女」の映画、出版に関する情報まとめ 1899年