odd_hatchの読書ノート

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小林多喜二「工場細胞・オルグ」(青木文庫)

 小樽市と思われる漁港街の製缶工場における労働運動を描いた文学。書かれたのが1930年なので、前年の株暴落から始まる世界恐慌のあおりを受けた状況と思われる。この時期、おそらく伊藤整はすでに上京していたはずだ(小樽市出身で、伊藤は小樽商業高校で小林の後輩にあたり、学生時代から彼の存在を知っていた)。伊藤整がどのような感情で持って、当時の地元での労働運動を見ていたのか興味あるところだ(彼の日本文壇史を読めばいいのだろうが)。
 作者は、おそらく工場における労働運動のやり方および党の拡張方法、新派シンパの獲得方法などを描いたもの、できうればこれをテキストとして同志が労働運動にまい進することを望んでもいたのだろう。したがって、運動家の日常生活の立ち居振る舞い、運動の各段階における指導方法、オルグ、アジ、デモにおける扇動など、きわめて具体的な書き方がなされ、そこにある運動家の禁欲的倫理にも詳しく触れている。とくにオルグにおいては、革命家(男)は自分の使命を達成するために恋愛(とたぶん性欲も)をどのように処するかについてかなり長い考察を行っている。「深い感情を持つな」が原則であることになっているが、そうとばかりはいってられない男の性がなさけなくも悲しい。
 ところが当時から70年もたって回想するかたちで、この小説に向き合うと、むしろユートピアのように思われるのだ。資本家たちはたいてい愚昧であり、威張っていた上司が会社の合併で失職してしょげると労働者は冷笑する。労働運動に限らず多くの運動においてもっとも困難な同志の獲得では、向こうから決意に満ちたものが現れ、すぐに小規模ではあるが熱意のある細胞が生まれ、学習会は順調に進む。同志たちは意気軒昂、疲れを知らない。労働の現場は不潔のようではあっても楽しそうだし、労働者の住居はスラムのようだが楽しそうな共同体ではあるし・・・。この生活共同体をたとえば押川春浪海底軍艦」に登場する秘密軍隊と比較してみるとおもしろそう。
 作者の悲惨な最期と、当時の共産党弾圧の熾烈さを思い出すと、不謹慎であるとは思いつつ、彼らの文学のユートピア楽天さに感動する。通常、昭和初期のプロレタリア文学は社会の現実の熾烈さの暴露、それに対する怒りの表出が重要であるというのであるが、この楽天さがあればこそより多く読まれたのではないか。2003/02/13

  

押川春浪「海底軍艦」(ほるぷ出版) - odd_hatchの読書ノート