odd_hatchの読書ノート

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黒島伝治「渦巻ける烏の群」(岩波文庫)

 作者は坪田繁治と同郷、同級生であったというのが最初の驚き。『渦巻ける烏の群』『橇』『二銭銅貨』『豚群』の4編を収録。
 農村での地主、官憲の弾圧、それに対する小作農民の状況を描いた2編と、シベリア出兵の下級兵士が上官の非道によって憤死する様を描く2編が治められている。ともに、当時の現代の差別を摘出することが主題であるだろう。ここでは代わりの面白さを指摘することにする。
 「豚群」では、家畜に対する課税に反対するため、官吏の調査に先んじて畜舎の豚を野に放つ。豚の放野によって、豚が野原を駆け回る、畑の作物を食い荒らす、畑への侵入を防ぐために農民が棒切れで応戦する、官吏は豚の後を追い足を滑らせ泥田に転ぶ。このような祝祭的なお祭り騒ぎが発生。主人公は彼らの運動を最後に裏切った農民を激しく憎むが、上のような状況にほくそえむ。これらのシーンがあっというまに現出し、さっと幕を閉じる作劇法が見事。主人公の「ニヤリ」は、2003年の現在では読者の哄笑にいたる。
 かわってシベリアものでは、上官の目を盗んで女郎屋かよいをする下級兵士の描写が秀逸。故郷の母から送られたお守りの中に、小銭を発見。それをみて母への感謝の気持ちが現れ、また自分らの薄給を嘆くも、彼らはさっそくなじみに会いにいく。このようなしたたかさは、インテリ兵士にはないだろう(大岡昌平野間宏大西巨人らの戦争ものにはこのような描写があったとは記憶しない)。黒島の兵士はそのままヤロスラス・ハシェク「兵士シェヴェイクの冒険」(岩波文庫)に登場できるね。
 また、表題作のラストシーン。私怨をはらすための雪中行軍で遭難した兵士たち、かれらは雪に閉じ込められ、その遺体は春になってから烏が群れを成すことで発見される。烏の鳴き声、雪、捜索する日本兵、林や川、春の太陽。小さなシーンに集中していた視線が急速に画面を引きながら巨大なシベリアの光景にいたり、幕を閉じる。とてもファンタジックで美しいシーンだ。それゆえに下級兵士=農民の死の無意味さ、上官の非道さが深みを増す。
 さらに昭和初期の小説としては珍しくシベリア・満州を舞台にしているということも見逃せない。それこそ夢野久作の「氷の涯」くらいではないか。
 プロレタリア文学と戦後の上記の作家たちの作品は入手難。これも古本屋で購入。早めに手配するべきだろう。2003/02/13