odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

国枝史郎「沙漠の古都」(青空文庫) パリに怪獣現るがロブ湖の秘宝探しになり、ボルネオの有尾人と怪獣調査になって、探検隊は存在を忘れられる。

 パリに怪獣現る! その報はレザール探偵のもとに届き、もう一人の高名な探偵ラシイヌとともに調査を開始する。最近冒険から帰還した市長はあおざめて口を閉ざし、もう一人の相棒動物園長はついに怪獣の襲撃を受ける。という具合に、ルブランか「ジゴマ」あたりのフランス探偵小説の始まりかと思いきや、物語は奇妙なところに転がる。すなわち、問題は中央アジアの冒険から帰還した彼らが持ち帰った文書にあり、それを狙うトルコ美人や得体のしれぬ中国人青年らがからみ、ついにはヘディン(本作ではヘジン)の見つけたロブ湖と砂漠の秘宝を発見する旅にでるのである。
 ここで物語はハガード「ソロモン王の洞窟」に変転したのであるが、途中トルコ美人は失踪したうえ阿片に耽溺し、中国人青年もいなくなる。ロブ湖には秘宝はなく、生きている袁世凱(1916年死亡、作品は1923年)の隠した秘宝はオーストリアの地図を見た探偵は逆さにすると蝶にみえるからここにあるのだと言い出し、目的地を南洋に切り替えるのである。途中寄ったボルネオで、秘宝のうわさを聞くと、島の湖こそ宝のありかと土人(ママ)を従えて、島の奥に分け入っていく。そこには土人同士の反目と抗争もあれば、宝を護る有尾人(ピテカントロプスだって!)がいて、サルや怪獣(ブロントザウルスにトテコドン)とも争っているのだ・・・
 なにをいってるかわからないと思うが、俺もなにをいっているのかわからねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・ と嘆きたくなるほどに、話は変転を繰り返し、話者が変わるのである。上のサマリーも西洋人視点のものであって、途中からは別行動をとる中国人青年が語り手となる。彼は美人を追いかけ、北京まで行き(!)、阿片窟に忍び込んだり、同じように秘宝を狙う秘密結社に拉致されたり。ボルネオ島にわたっても、島の中で緩い監禁状態にあり、「ロビンソン・クルーソー」のごとき自力の生活を余儀なくされるのである。それがフランス探偵たちの冒険隊と邂逅するのであるから、どうも作者はゴビ砂漠鳥取砂丘程度、ボルネオ島八丈島程度とみなしているらしい。そして秘宝の秘密を知るのは彼一人となり、湖岸で茫然としているフランス探検隊のことは誰もが忘れている。
 筋の混沌は作者のいつものことであるが、日本を舞台にした伝奇小説ほどの読みでがないのは、西洋人がスノッブでシニカルな現代人であり、会話が気取った上滑りする内容しかしゃべらないことであろう。ここには強い決意を持っていたり、孤独や妄執などをとことんまで募らせる人はどこにもいないのだ。秘宝そのものが空虚であるかのように、この物語も空虚のまわりを人々がうろつくことになった(サマリーのようにタイトル「沙漠の古都」はどこにも存在しない)。それに、作者の欠点はスティーブンソンと同じで、謎を先送りしない。不可思議を書くとすぐ次のページで解説してしまう。そのために、小説を読み続ける意欲を薄めてしまうのだ。雑誌連載の読者サービスが欠点になってしまった。
 一方、この作品がめざましいのは、日本の外を舞台にし、ひとりの日本人も登場しないところ。当時のいわゆる純文学はドメスティックなところにこだわり、作者や語り手の半径50mくらいのことに拘泥している。漱石志賀直哉を思い出せばいい。しかし、大衆小説は領土の枠をやすやすと超える。先行作として、涙香「幽霊塔」、押川春浪海底軍艦」を思い出す。その系譜に1923年の本作があって、以後小栗虫太郎完全犯罪」「人外魔境」、夢野久作「氷の涯」「死後の恋」「爆弾太平記」久生十蘭ノンシャラン道中記」「十字街」、香山滋オラン・ペンデクの復讐」に続く。本作でも南洋ユートピアが描かれ、WW1以後に日本の政府や企業が南洋に進出したことを反映している。同時に、日本人による非西洋人蔑視や差別があからさまに描かれている。後半の主人公である中国人青年ですら差別的な描写があり、ましてボルネオの土人(ママ)に対しては容赦しない。この差別も当時の国策と一致している。本作を通じて中央アジアや南洋、中国を知った人たちはおのずと侵略と差別を肯定するになったのだろう。大衆小説はそのような国策と通じることによって、拡散されたのだろうなあ。
(なので、戦後、中村光夫風俗小説論」(新潮文庫)1950年や桑原武夫文学入門」(岩波新書)1950年が大衆小説を批判することになったのだ。)

 

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