odd_hatchの読書ノート

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アンリ・バルビュス「クラルテ」(岩波文庫)

 「クラルテ」は1919年の刊行で、前年までの第1次大戦でバルビュスは40代でありながら従軍するという経験をもっていたのだった。その体験に裏打ちされた戦場描写は迫真的である。
 物語はフランスの地方都市。叔母と同居する内向的な青年が主人公。彼には生や仕事の目的もなく、だらだらとした生活を送っている。同居していた叔母が脳溢血で急死した。葬儀の手伝いにきた遠縁の娘に一目ぼれし、彼女と結婚することになる。その後10年間は平穏な暮らしをしていて、青年は責任ある役職に昇進することができ、現場の作業員の信任も厚い。しかし、その平穏さに漬かって、目的もなく生きている。そこに戦争勃発のニュースが。周囲の熱狂に巻き込まれて、青年(中年になっているが)は徴兵に応募し、歩兵の一人として戦場に赴く。出発のときこそ意気軒昂であったが、訓練と行軍の単調さと厳しさがつらく、戦場においては簡単に人が死ぬを目撃する。北方の戦場(マジノ線だな)に派遣されて、そこで行われた大会戦で負傷し、部隊とはぐれる。戦場をさまよいながら、彼は人間の尊厳について考察する。
 半分までのあらすじはここまで。おやおやと思ったのは、このストーリーは「プラトーン」や「ディア・ハンター」のような戦争映画と同じではないか。平穏な日常→理不尽な戦場→大量死のある戦争→復員し、新たな生の意味を見つける。というより、映画がこのようなストーリーを模倣反復しているのであり、「クラルテ」のほうがずっと早い。さらにいえば、このストーリーもまた宗教の回心の物語であるのであって、「神曲」「天路歴程」などに現れるものであり、さらには「福音書」にも起源を見つけられそうだ。ポイントとなるのは、悲惨のきわみにおいて主人公はただ一人になり、この世の「悪」を体現するような声と対決するところ。「クラルテ」においても主人公はそのような魂の遍歴を行う。
2005/06/06
 読了。「深き淵より」(聖書にでてくることば、念のため)と名づけられた章で、主人公は戦場を彷徨する。現実とも夢ともつかない情景で人の死、それを食い物にするもの、悲惨のきわみを目撃する。そこで見聞きしたことのエッセンスを主人公は「真理」という。万人平等、完全不戦、国家破棄こそが新しい共同体のあり方なのだと思いつく。無事帰還したのち、傷病兵として無為な時間を送り、妻への愛もさめている。なにしろ「真理」のほうが重要だから。周囲との折り合いがつかないのであるが、妻と過去の手紙を読み会ううちに、二人の感情が溶けていき、未来へ向き合うようになる。
 主題は「深き淵より」の章で語られる思想であるようだが、非常に生硬なもので政治パンフレットを読むようなものだった。主人公は内向的で一人でねちねちと考えるものであって、周囲を巻き込んで変革を進めるものでもない。その点では主人公の「魂の遍歴」を描いたものであって、現代版「神曲」のようなものだろうが、この独りよがりさには普遍的な価値がないように思うのだが。もちろん、時代的な制約もあるとは思うし。
 その一方では、この小説に触発されて反戦運動や革命活動に取り組むものもいたはずであり、この小説の主人公と同じような素朴さと熱狂を持っていたに違いない。だから、この小説が思想的に対峙する相手はウェーバー「職業としての政治」であるのだろう。
2005/06/10