odd_hatchの読書ノート

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フセヴォールド・ガルシン「あかい花」(岩波文庫)

 19世紀ロシアの作家。活動時期はドストエフスキー後期に重なるかな。折からのナロードニキ運動に共感する一人。将校の息子というからそれなりのインテリ家族であったのだろう。そのままでいけば有力な社会運動家、理論家であったとおもわれるものの、この人には瘋癲の病があった。20歳を超えたときから入院退院を繰り返し、病状のよいときにはいくつかの短編を書いたものの、結局30代前半の若さでなくなった。一時期は、この岩波文庫旺文社文庫が出ていたが、いまはもう入手難(2010年当時)。古い小説であるのはたしか。青春の若々しさよりも苦さを感じさせる作風が今日と合わなくなったのだろうなあ、と邪推する。

あかい花 ・・・ 瘋癲病院に収容された若い男性患者、院内の花々に異常な興味をもっている。彼には世界の悪が花に、とりわけ鮮やかな赤い花(芥子の一種であるというから、メタファーでもあるのだろう)に具現化していると認識している。彼は自分の人生をかけて悪を除去するために、赤い花を摘み取り、入院服の中に隠している。当然、院内の看護人に見つかることになり、彼は拘束服を着せられた上に一室に監禁される。しかし、彼の妄想はすさまじく、拘束服を破り捨てた上に鉄棒で囲まれた窓を破り、赤い花を奪取する。翌朝、彼の死が発見され、手に赤い花を持っていた。彼の表情は恍惚とした美しさがあった。同じような病を持っていた男を主人公にするPKD「暗闇のスキャナー」の最終場面に酷似していることに驚愕。赤い花の隠喩も、書かれた時代を考慮すると貧しい虐げられ、その状態から抜け出すことすらおもいもつかない「民衆」、とみていいのではないかしら。
 あと追加しておくと、早い時期の瘋癲病院もの。この国でも夢野久作ドグラ・マグラ」、大阪啓吉「三狂人」、埴谷雄高「死霊」、武田泰淳「富士」北杜夫「楡家の人びと」というこのジャンルの系譜がある。

四日間 ・・・ 露土戦争(1877年 - 1878年)に志願したイワーノフ。ブルガリア(そんなところが戦場だったのか)の野原で戦闘に入る。敵を刺殺したものの両足に銃創をうけて、身動きが取れない。それから4日間、彼は腐敗するトルコ兵の傍らに横たわっている。水がほしい、むなしい、昔の幸せ・今の苦悶、俺も骸骨になる、そういうとりとめのない想念。たまたま通りかかったロシア兵が助けてくれた。イワーノフが生き延びたのは貴族の出だからだった。一兵士の経験する戦場譚は東西にやたらとあるが、これはきわめて早い例ではないかな。バルビュス「クラルテ」レマルク「西部戦線異状なし」、大岡昌平「野火」、オブライエン「本当の戦場の話をしよう」など。

信号 ・・・ 露土戦争に出征し病を得て帰還したイワーノフ、リューマチもちで職を得られなかった。軍隊の将校の助けで鉄道の線路夫になれた。隣人の線路夫ヴァシーリィは野菜畑を作っていたのをとがめられて、偉い人が巡察にくるときに上訴しようとする。しかし殴られたヴァシーリィは線路の釘を抜いてしまった。それを見たイワーノフ、自らの血で染めた旗を振って客車を止める。こういうストーリーよりも、イワーノフとヴァシーリィの愚痴(こんな貧乏は運命か、いや人間がつくったものだ。上訴なんかやめろ、いや俺の権利だなど)を読み、作者がナロードニキであったことを思い出す一編。こういうのを自然主義文学というのだろう。小説としては下手だが。

夢がたり ・・・ 酷暑の家畜小屋で動物たちがよしなしことを語っている。フンコロガシ、アリ、コウロギ、馬、かたつむりなどが現在と労働について語る。トカゲが何かいおうとしたら、人に踏まれて尻尾をなくした。ルナール「博物誌」の趣向で、社会主義者が書いたパンフレットみたい。結論は、未来の幸福を語れるものはいなかった、ということだから。オーウェル動物農場」と読み比べられたし。

アッタレーア・プリンケプス ・・・ 大きな町の植物園にブラジルから送られて温室で育てられている大樹の学名がタイトル。彼女は温室のほかの草花の小市民的なおしゃべりががまんできない。そこで温室の外に出て自由になろうと提案。当然一笑にふされるが、か弱いつる草が励ますのにこたえて、ついに屋根を破ってしまう。しかしそとはロシアの秋。すぐさま大樹は枯れて、園長はつる草ごと伐採した。動物、植物が言葉を話す童話。とはいえ、ロシアの社会のアナロジーであって、底に流れる主張はすぐに読み取れる。それを意気良しとみるか、若気の至りとみるか。


 19世紀ロシアの文学の天才たちに比べると、筆力は弱く、主題にくらべて書き方がついていかない。どうにも生硬で、勢いのない話になってしまう。才能を開花する前に夭逝したので、その死を惜しむ声も少なくないが、さて、比較されるチェーホフになることはできたであろうか。主題の特異さがある時期のこの国に受け入れられたので、いくつか翻訳が残った。さてこの先は、というと、この小説に深く共感するのは難しいとおもう。

 一時期は他の文庫でもでていた。