odd_hatchの読書ノート

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ピエール・ガスカール「街の草」(晶文社)

 1933年フランス、パリ。17歳の青年が銀行に勤めるが仕事が面白くない。数ヶ月でやめて、知り合いのつてでジャン=ジャック・ルソー街のアパートに行く。そこには20代前半の青年が勝手に寝ては出て行く、無秩序な共同体ができていた。彼らは腹をすかせていた。1929年からの不況はいまだに尾を引いていて、まともな職がなかったから。彼らはインチキアルコール飲料を販売する仕事を得て、会社ごっこをする。無軌道、自堕落な生活を17歳の青年は送る。そのうち、会社のリーダー格はパチンコ機械の販売で成功して、このコミュニティから離れる。別のリーダー格は建築コンペで優勝し、アメリカに職を得ることができる。別の男は別の職を得て、パリを離れ、結局5年足らずして共同体は崩壊。青年は青年共産同盟に加入するも、徴兵されて北フランスでドイツとの会戦を待つことになる。
 社会で起こるのは、1934年の右翼と警官隊の衝突、1936年の人民戦線派の選挙での勝利、1939年の第二次大戦の勃発など。これらが背景になって、主人公の意識(とても未熟で、奔放で、いい加減な考え方をしている)が語られる。深みなどなく、単に好き、嫌い程度の単純な感情。まあ、そういういい加減さというか、なにかになりたいけどなにになれるのかわからない鬱屈とか不安、不信、それでいての過剰な依存心などは17歳から数年間の心の動きとしてはごく普通なのだろう。最初に読んだのは21歳のときか、登場人物たちのそのあたりの鬱屈や依存、不安は同世代として共感していたのだな。いま(2009年)読むと、文学というには単純すぎるのが気になって、面白くなかった。

 1970年代には、この国のTVドラマには、青年の共同体があり、とても愉快で楽しく、ときどき泣きもはいるという生活をしているが、次第に一人ずつ抜けていって共同体がなくなるというのがよくあった。これもその一例になるだろう。青年の共同生活というのは、ある点で自由だからね。ただ、抜けることができないでいると、どこまでも自堕落、刹那の生きかたになるので注意すること。こういう共同生活は不況や社会が貧乏なときにしか現れない。そうだよな、不況でなければ、すぐに卒業と同時に就職して、どこかに拠点を持つようになるのだし。
(1930年代に共産主義運動、労働組合活動に加わることはどういう体験であったのか。日本の野間宏「暗い絵」、埴谷雄高「死霊」、イギリスのオーウェルのエッセーとカタロニア賛歌チェコフチーク「絞首台からのレポート」あたりと比較するのがよし。とりあえず思い出すのはこのくらい。まだありそうだ。)