odd_hatchの読書ノート

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辻真先「アリスの国の殺人」(双葉文庫)

 「児童文学の編集を志しながら、はからずも漫画誌編集に携わる綿畑克二。夢の中の「不思議の国のアリス」の世界でチェシャ猫殺害事件の容疑者にされて慌てていると、現実世界では上司の編集長が殺害されて大騒ぎ。交錯する夢の世界と漫画ジャーナリズムのうつつに翻弄され克二は・・・。」

 1984年の日本推理作家協会賞受賞作。手の込んだミステリだった。2つの世界のミステリが交互に語られる。
 ファンタジーの世界には、チェシャ猫殺猫事件の容疑者にされる。そこにはキャロルの小説人物だけでなく、赤塚富士夫・手塚治虫オズの魔法使いその他のキャラクター(とくに日本のアニメから引用されている)がたくさん登場する。ファンタジーの世界の約束の中では不可能犯罪であり、容疑を晴らす手段はないに等しい。追い詰められていく。
 現実世界は、新宿ゴールデン街を中心にいわゆるメディアに勤めるカタカナ役職の人たちが登場して、それはよく知られているがその仕事につくことは出来ないという点でファンタジーに近い。編集長の殺害事件でも容疑者にされて、嫌疑を晴らせずどんどんと追い詰められていく。
 ファンタジーでの現実世界でも追い詰められていく、若い編集者は次第に現実と夢の世界の境目があいまいになり・・・。
 つくづくと、1960年以降、ミステリはパロディやパスティーシュでないと書けないものになったのだなあ、と考える。もうミステリはキャラクタを創造する場所ではないし、そこでないと書けないストーリーもなく、トリックは使い尽くされてすでにあるものをどこからか調達するものになったし、つまりはミステリはミステリの文法に則るだけでは成立しなくなってきて、何か別のストーリーを乗せないとかけないものになったのだろうな。それは単にミステリだけではなく、あらゆる創作物が、パロディやパスティーシュ、もしくは引用、換骨奪胎が必須になったのだろうかねえ。
 1984年。ワープロが廉価になり始めた頃で、作家も少しずつ乗り換えだしてきた。そのときに、キータッチが面白かったのか、タイポグラフィーを作品に取り入れたものがでた。井上ひさし(「吉里吉里人」)、筒井康隆(「虚航船団」)都筑道夫(「怪奇小説という題名の怪奇小説」)にこの人。とりわけこの作品にでてきたタイポグラフィーは手が込んでいる。言葉遊びの達人の作だ。