odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

西村京太郎「名探偵も楽じゃない」(講談社文庫)

 1973年初出の名探偵シリーズ第3作。

 冒頭に名探偵待望論というのが書かれていて、実際に当時の探偵小説作家の間で論争があったのではなかったかな。都筑道夫のエッセイでその模様を書いていたのがあるが、どの本にあったのかもタイトルもわからない。まあ、社会派推理小説が書かれて、そうすると警察官ばかりが事件を調査する。クイーンやクリスティからミステリに入ったものには、国産探偵小説は面白くない、読者がつかない(そのころは「日本沈没」「ノストラダムスの大予言」あたりがベストセラーでSFのほうが元気だった)。その危機を共有しているものには切実になる。社会派あたりのアクチュアリティ重視の作家は、もうそんなアナクロな小説は書けないよ、だし、少数の海外派は名探偵は無理でもシリーズ探偵ならいけるのではないか、あたりの論調だったそうな。そういう議論があっても、1980年ころの「新本格」の作家は名探偵を続々と生み出したのであって、まあこの論争も歴史の一ページになってしまった。
 さて、ホテル王が主催するミステリマニア愛好会がある。定員は10人だが、10人目を決めないというエリート倶楽部。さて、太っ腹なホテル王はこの愛好会の例会に自費で世界の名探偵を招待した。クイーン、ポアロ、メグレ、明智。いずれも70歳を超えた高齢で、いままでの活躍に感謝するというわけだ。そこに招待されていない10人目が現れる。左文字京太郎となのる今風の青年(あくまで1970年代初頭の)が生意気にも、連続殺人事件の匂いがするから警告に来たという。愛好会のメンバーはぷりぷり。4人の名探偵はにやにや。シャンペンの乾杯のとき、ホテル王が毒殺される。それから二日間の間に愛好会メンバーから合計6人が殺されるという事件の幕開きだ。
 社会派推理小説の方が似合う吉牟田警部が、かんかんに怒りながら、関係者をホテルの32階に閉じ込める。周到にもホテル王は32階のすべての部屋を確保していたのだ。衆人環視でのホテル王の毒殺、続けて密室での撲殺、全裸美女の浴室での刺殺、警告を受けた被害者の毒殺、などなど、探偵小説の王道のごとき、さまざまな死体が短時間に並べられる。
 そのような事態において、世界の名探偵はほとんど表に現れない。左文字なる若者の生意気ぶりが彼らの若い時代を彷彿するようで、ノスタルジーの中、若者の成長を見守りたいということらしい。ルパンの最後の作品がそういう王位継承の物語だったなあ。
 最後の謎ときもミステリマニアらしく、関係者の一人が自説をなかなかうまく構築する。それが左文字の論理でひっくり返され、犯人が逆に告発されたのだった。名探偵は明智の家に一泊したのち、手紙をしたためて帰国の途に就いた。
 ミステリマニアが集まって推理合戦というのは、ノックス「陸橋殺人事件」あたりを嚆矢とするのか。英米の作品にはぽつぽつあったように思うが、この国の作だと珍しい(と書いたあとに横溝正史の短編「探偵小説」と中井英夫「虚無への供物」を思い出して、前言をひっくり返すことになる)。この趣向も、1980年代の「新本格」ではごくあたりまえになって(綾辻行人十角館の殺人」、有栖川有栖「月光ゲーム Yの悲劇'88」など。この辺は詳しくないので、適宜補完してください)、前駆作として歴史的価値がある、かな?