odd_hatchの読書ノート

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S=A.ステーマン「六死人」(創元推理文庫) 6人の限られた人物が連続して殺され、最後に残った一人は犯人ではない。

「「世界はぼくたちのものさ!」大志を抱き、五年後の再会と築いた富の分有を約して、世界に旅立った六人の青年たち。月日は流れ、彼らが再び集う日がやってきた。だが、そのうちの一人が客船から落ちて行方不明になったのを皮切りに、一人、また一人と殺されていく……誰が、なんのために? 冒険小説大賞を受賞した著者の出世作にして、名探偵ヴェンス警部登場の本格ミステリ。」
六死人 - スタニスラス=アンドレ・ステーマン/三輪秀彦 訳|東京創元社


 最初の誓いをたてたのは、1925か26年のパリ。ひどいインフレでパリ市民は生活苦。一方のフラン安で外国人には天国であった時代だ。ヘミングウェイとかフィッツジェラルドとか、まあそういう連中がたむろしていたパリ。そこに住むフランス青年6人がこんな生活をしていてはだめだ、それぞれ独立して5年後にあおう、そのときに蓄えた資産をみんなで分配するのだ、と約束する。このときには戦後のバブルが目前に控え、うだつを揚げられるとみたのだろう。しかし、1929年の世界恐慌のせいか、資産を稼いだのは一人だけ。その他はまあまあか、貧乏暮らしになっている。
 さて約束を誰も忘れなかったと見て(律儀だなあ)、パリに帰ってくる。しかし、赤毛でめがねをかけ帽子で顔を隠した男が彼らの周囲をかぎまわり、一人ひとりと死んでいく。最初は客船から転落して、二人目はいきなりの襲撃によって、三人目は誘拐されたうえで銃殺され、四人目はリンドバーグよろしく海洋横断の冒険飛行の到着の雑踏のなかで、五人目は一人でアパートで待ち伏せをしているところで。二人目の死体が消え、運河からあがったところで警察登場。あまりさえない(というか人物描写がほとんどないので個性を見出せない)警部が事件を担当する。途中には、殺された男の恋人をめぐって、二人の男が競争するというシーンもある。なにしろ6人は資産を平等に分配するという約束をしているので、人数が少なくなるほど分け前は多くなるのだ。したがって、犯人はこの6人の中にしかいないと判断できる。
 趣向は、6人の限られた人物が連続して殺され、最後に残った一人が犯人ではないということ。解説その他ではクリスティの作品を上げているが、むしろヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」ではないかな。このフランスものでは、広大な屋敷はなくて被害者予備軍はそれぞれが安アパートかホテルに暮らしているのだが。生き残りが角突き合わせ、疑心暗鬼にかられ、だれもが不審な行動をとるという「閉ざされた山荘」の約束事がない分、サスペンスは薄れてしまった。
 ええと、読みなれた読者には半分過ぎたところで犯人がわかるだろう。解説がいうような現代性はかんじられず(原作は1931年初出)、プロットとトリックは前世紀のものだ。
 重要なのは、解説にあるように風俗描写、人物描写を徹底して排除していることだろう。パリ市内を自動車に乗って移動しても、名所案内はなし。人物もいろいろ過去をもっているだろうが、ほとんど語られない。なにしろ何を着て、何を嗜好品にし、何を食べているのかまるでかかれない。この技術報告書のような簡明なと冷たさはたしかに「モダン」だな。ル・コルビュジエのつくる無個性で四角四面なコンクリうちっぱなしの建物の中で、マネキン人形が動き回っているみたい。

 この人は「マネキン人形殺害事件」というミステリを書いているのでした。かつて角川文庫ででていて、いまはグーテンベルグ21で購入できる。
http://www.gutenberg21.co.jp/mannequin.htm